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70歳定年制の始まりで 老後資金づくりはどう変わる?

高橋成壽

 2021年改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業に課された努力義務は70歳まで就業機会の確保するとなりました。これからは70歳まで働き、90歳~100歳まで生きる人生設計が当たり前になってくるでしょう。70歳定年制がこれから徐々に浸透すると、お金の問題はどう変化するでしょう。

■企業に求められる対応

 今回の改正で企業に求められるのは、(1)70歳までの定年引き上げ、(2)定年制の廃止、(3)70歳までの再雇用や勤務延長などの制度導入、となります。あくまでも努力義務ですが、近い将来義務化されると考えられます。

 労働力が不足している企業にとっては、65歳から70歳の人手を確保しやすくなります。一方、若い就労者からすると上の世代がなかなか卒業しない状況となり、仕事へのモチベーションに関わるかもしれません。新卒採用などにおいては、費用のかかる採用活動の比重を減らし、高齢者雇用を手厚くするほうが費用対効果が高いでしょう。技能の熟練度も高齢者の継続雇用の方が安定しますが、5年後に雇用延長した世代が70歳定年を迎えます。5年後には、改めて労働力不足に直面する可能性がありそうです。定年延長が採用の先延ばしにならないよう気をつける必要があります。

 若い人のモチベーションを高めながら、高齢者の給与水準をどう調整するかが今後の課題となりそうです。企業の福利厚生を考えると、就労期間に応じて退職金が増えていく場合は、退職金の準備が必要になりそうです。退職金の算定が直近の給与水準による場合は、退職金の目減りを嫌って早期退職する人も出てくるでしょう。60代後半ともなれば運動機能が低下してくる人も出てきますので、社内での労災を発生させないような配慮や訓練も必要になるでしょう。

■老後資金問題はどう変わる?

 人生設計を考える上で収入を得られる期間が5年延長される効果は大きく、老後資金準備が楽になります。老後資金の準備は、現役期間と定年後期間のバランスにより変化します。20歳~60歳まで40年働き60歳~100歳まで40年分の老後資金を準備するのと、20歳~70歳まで50年働き、70歳~100歳まで30年分の老後資金を準備するのとでは、どれくらい差が出るでしょう。

 老後資金が60歳~100歳までの40年間で2000万円足りない場合、一年分の不足額は50万円ですから、70歳~100歳までの老後資金は50万円×30年=1500万円で足りることになります。準備期間が20歳~70歳まで50年あれば、1500万円÷50年=30万円となり、年間30万円を貯める場合、毎月2.5万円の貯蓄ですみます。かなり現実的な数字と言えます。

 1500万円の老後資金準備であれば、つみたてNISAが800万円、iDeCoで700万円準備すれば足ります。iDeCoは働き方や勤務先の制度により積立可能額が違います。公務員の場合は年間14.4万円積立が可能ですから、50年間で720万円の拠出が可能です。会社員は社内の退職金制度によりますが、最大で年額27.6万円、50年間で1,380万円の拠出となります。老後の年金が少ない自営業は年間81.6万円、50年間で4,080万円の拠出が可能です。公務員や会社員の場合は、退職金も導入されているため老後資金の上乗せが期待できます。政府が準備済みのつみたてNISAやiDeCoなどの仕組みを活用すれば、老後資金は確保できる計算です。

 ただし、運用先の選定や、運用状況の見守りは必要です。また、そもそも積立てるゆとりがなければ、老後資金の確保は絵に描いた餅となります。あらためて家計の収支を確認し、いくらの積立が可能か確認しましょう。

■住宅取得はどう変わる?

 定年が70歳まで伸びると余裕がでてくるのは住宅ローンです。定年が60歳であれば、35年ローンを組むのに適した年齢は25歳、65歳定年であれば30歳が繰り上げ返済せずに定年までに完済できる年齢でした。定年が5年伸び70歳となれば、35歳で住宅ローンを組んでも繰り上げ返済の必要なく、定年を迎えることができます。定年後に住宅ローンを残したくない人や、退職金で住宅ローンを完済すると老後資金が足りなくなるなど、家を買うタイミングによって一生の資金繰りが良くも悪くも変化します。

 今の日本の結婚年齢や第一子出産年齢を考慮すると、マイホーム取得は35歳~40歳となってもおかしくありません。昨今の晩婚化や高齢出産の増加に合ったマイホーム計画が可能となります。

■生命保険は契約期間が不足する

 70歳まで働くことを前提とした場合、多くの生命保険は契約期間と就労期間が合わないという問題が出てきます。掛け捨て型の生命保険の契約は多くが、60歳、65歳で契約が終了することが多いです。60歳や65歳で保険が満期を迎えた後でも、70歳まで働くことを考えると、最後の最も死亡率の高い期間に生命保険がかけられない状態となります。

 収入保障保険であれば、契約をしなおして70歳満期にするという方法、満期の前に契約転換という方法で、保険期間を延長することができます。定期保険でも同様に、期間の延長や転換ができる場合もあります。いずれにせよ、働く必要があり給与がないと生活ができないような家庭ですと生命保険の見直しが必要になってきます。

 いかがでしょう。70歳までの雇用確保の後には、70歳定年制の導入が待っています。事前に準備したい人も、後から準備すれば間に合うと考えている人も、社会の制度と働き方の期間が変更になることは覚えておくといいでしょう。

高橋成壽(たかはし・なるひさ) ファイナンシャルプランナー CFP(R)認定者
寿FPコンサルティング株式会社代表取締役
1978年生まれ。神奈川県出身。慶応義塾大学総合政策学部卒。金融業界での実務経験を経て2007年にFP会社「寿コンサルティング」を設立。顧客は上場企業の経営者からシングルマザーまで幅広い。専門家ネットワークを活用し、お金に困らない仕組みづくりと豊かな人生設計の提供に励む。著書に「ダンナの遺産を子どもに相続させないで」(廣済堂出版)。無料のFP相談を提供する「ライフプランの窓口」では事務局を務める。

【お金で損する人・得する人】は、FPなどお金のプロたちが、将来後悔しないため、制度に“搾取”されないため知っておきたいお金に関わるノウハウをわかりやすく解説する連載コラムです。アーカイブはこちら