「私には主治医がいます。日頃の健康管理から重篤な疾病を修復してくれている主治医にコンディションを整えてもらっているのです」
こんな冒頭で始まると、医療の話と混同してしまいそうになる。ここでの主治医は、愛車の健康状態、つまりコンディションを整えてくれる整備士のことだ。車検では当然、丁寧にメンテナンスをしてくれるし、例えばオイル警告灯が点灯したり、ボディの各部から異音が発生したりと、愛車のありとあらゆる不具合を修理してくれる。車検を人間ドック、オイル漏れは鼻風邪、ボディ各部の異音は腰痛や膝痛に置き換えると、まさにその整備士は主治医なのである。
愛車の修理見積もりは100万円超
2002年式の輸入車を所有している。購入してからもうすでに18年が経過した。さすがに2002年式ともなると多少の不具合も少なくない。先日は足回りから異音と振動が発生し、突然サスペンションが折れたりしたりしないものかと不安になった。数々の警告灯がピカピカと光ることもままある。バッテリー上がりもなくはない。
だが、そんな時に主治医の存在は助かる。日頃から愛車の状態には目をかけてくれているから、電話連絡をするだけで状況を把握してくれる。
「先月診た時には問題ありませんでしたから、オイル漏れではなさそうですね」
話が早い。かかりつけ医がそうであるように、いちいち血液検査やレントゲン撮影をせずに済むのだ。今でも2002年式の旧車を手放さずにいられるのは、丁寧にメンテナンスしてくれている主治医がいるからなのだと感謝している。
「チェンジニアはいるけれど、エンジニアはいない」
そうささやかれ始めて随分と時間が経つ。チェンジニアとは、ただ部品交換をするだけの整備士のことを揶揄(やゆ)した造語である。すべてのディーラーではないことを祈るが、車検なり修理なりのタイミングで愛車を販売店に持ち込むと、安易な点検でカモにされることも少なくない。コンサルトと呼ばれるコンピューター診断に依存し、不具合と思われる部品を総取替するだけのエンジニアが多いのだ。不具合の原因を究明することなく、ただ単にトラブルが予想される部品をすべて交換するだけで高額な修理費を請求するのである。胃が痛いってだけで、ほとんど診察もせずに切除手術をする。例えていうならば、そんな治療をするドクターのようなものである。
さすがに2002年式だからバッテリーがよく上がる。これまで何の疑いもなく修理を依頼していたディーラーでは、そのたびに6万円もの高額バッテリーに交換をさせられた。電子制御サスペンションの異常警告灯が点灯したときには、総額100万円を超える修理見積もりが届いた。
かかりつけ医がいれば安心
駆け込み寺にすがるようにある整備士に修理を依頼したら、バッテリーの漏電が原因であることを突き止め、わずか3000円で完治した。電子制御サスペンションはアッセンブリー(組み立て加工)で交換すれば100万円コースだと噂されていたが、その整備士は、本体ではなく小さなブーツと呼ばれるゴム製の部品の消耗が原因であることを発見、オークションサイト「ヤフオク!」でパーツを購入してくれた。数日後に僕の手元に届いた請求書には「修理費5万2000円」と記載されていたのだ。ディーラーではたびたび請求されてきた6万円が3000円になり、部品交換100万円がわずか5万2000円で済んだのである。
安易な点検で高額な請求をされる程度ならば被害は軽微なほうで、サスペンションから異音が発生、ギクシャクと足を引きずるようにしてディーラーに駆け込んだのに、「トラブルではありませんよ」と押し返されたことも。4WDシステムから異音が発生すると指摘したら「4WDってそんなものですよ」と回答されたこともある。もちろん、後日主治医に修理を依頼したら、数日後には見事に治ったのは言うまでもない。「車検ですからね」と、先月交換したばかりの新品のブレーキパッドを交換しようとしたディーラーもあった。
なんだか愚痴のようになってしまったけれど、そんなチェンジニアが多いのも確かなのである。
とはいうものの、問題もなくはない。僕の主治医の仕事ぶりは懇切丁寧で完璧なのだが、時間がかかる。原因究明と徹底した修理に時間が必要なのだろう。時には修理に2週間ほどかかることもある。ただ、安価に絶大なる安心が手に入るならば愛車にもかかりつけ医を持つことが大切である。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。