4月20日、原油市場で前代未聞の出来事が起きた。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)原油先物価格が、1バレル当たりマイナスを記録したのだ。理由はもちろん、新型コロナウイルスのパンデミックが関係している。世界の人々の移動が制限されたことで、飛行機やクルマに費やされる燃料が減った。企業活動が縮小したことで、石油消費が滞ったのである。
産油停止か価格抑制か
原油価格のマイナスは、金を払ってでも譲ることである。そうでもしないと、貯蔵庫が満タンになってしまう。かといって産油停止はリスクを背負う。
産油を止めるのは簡単だそうだが、再び石油を吸い出すのは容易ではない。せっかく掘り当てた油田からの供給が減る可能性がある。パイプラインも安定的に流しておく必要があり、停止してしまうとパイプの維持管理にも莫大な資金が必要になる。一旦稼働させたら、止めるわけにはいかないそうなのだ。
石油が過剰供給ならば、産油を止めるか価格を抑えるかに迫られる。苦肉の策でマイナス価格を決断したと言うわけだ。それでも、石油輸出国機構(OPEC)加盟国は、1日当たり1000万バレル近くの減産を開始した。マイナス価格は瞬間的な風速であり、今では25ドル/1バレル前後で推移している。低価格ながらプラスで低空飛行をしている。
日本のガソリンスタンドでの燃料価格も低くなった。原油価格の推移からは遅れて反応するのが日本のガソリン価格である。それでも、原油価格がマイナスに転じると、ガソリン価格も低下した。今年の1月頃には約145円だったレギュラーガソリンの看板価格も、最近では約120円ほどに下がった。地域差があるのもガソリン価格の特徴である。場所によっては110円を切る小売店もあると僕のもとには情報が寄せられている。
もっとも原油価格がマイナスになったからといってもちろん、ガソリンの小売価格がマイナスになるわけがない。クルマ生活を送る筆者には夢のような出来事だが、そうなるわけがない。小売店は廃業に追い込まれるばかりか、そもそもガソリンには様々な税金が課せられており、理論上マイナスになるわけがないのである。
ガソリンには、ガソリン税53.8円と石油税2.8円が課せられる。軽油には軽油引取税32.1円と石油税2.8円が課せられる。灯油には石油税2.8円のみである。さらにはガソリン税と石油税には、消費税も課せられる。二重課税は不公平だとする議論が高まることはあるのだが、国税庁にとってはドル箱であり、そこにメスを入れる政治家も少ない。自動車工業会はたびたび二重課税の是正を進言するのだが、それが改善される気配はない。
リーマンショック超え
もっとも、原油価格が下がれば店頭のガソリン価格も多少は低くなる。アメリカでは30ドル/1バレルを境に、途端に環境車と大排気量モデルの販売構図が動くと言われてきた。30ドル/1バレルを下回れば大排気量のピックアップトラックの販売が波に乗り、上回ればハイブリッド車が息を吹き返すと言う。
WTI原油先物最高価格は2008年7月11日に147.3ドル/1バレルだった。その直後、リーマンショックに見舞われ下落した。それでも40ドル/1バレルである。そんな未曾有の世界経済恐慌よりも、今回の新型コロナパンデミックは被害が大きい。それを原油価格が証明している。
ただし、30ドル/1バレルを境に販売構図が偏移するとの経験則は生きているようで、アメリカの大排気量車販売はやや持ち直しの気配があると言うから不思議だ。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。