「国際化を」「社会とズレある」…9月入学、渦巻く賛否
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い多くの地域で臨時休校が継続される中、学習の遅れを解消するため、政府が「9月入学制」を来年導入する可否の具体的検討を進めている。欧米諸国の秋入学と足並みをそろえる意味がある一方、企業や官公庁の会計年度や就職時期とのずれなど課題も多い。政府は6月上旬にも方向性を示す見通しだが、教育界だけでなく社会全体に影響を及ぼすだけに賛否が渦巻いている。(福田涼太郎、玉崎栄次)
「状況をさらに混乱させ、悪化させかねない。学力格差の是正への有効性には数多くの疑問がある」
日本教育学会(会長・広田照幸日本大教授)は11日、9月入学制に慎重な判断を求める声明を発表し、文部科学省に提出した。
文科省は今の学年を半年延長し、令和3年8月までとする「17カ月案」を軸に検討中だが、声明は学年延長による学費負担増や就職との兼ね合いなどの問題点を指摘し、拙速さを強調した。
欧米の秋入学に合わせ…
日本では明治時代初期に秋入学の時期もあったが、明治中期以降は国の会計年度に合わせ、小学校から大学に至るまで4月入学が採用されている。だが、戦後の高度経済成長を経て教員や研究者、留学生らの交流拡大など「教育の国際化」を求める声が高まった。
昭和62年の臨時教育審議会の答申では、導入の必要性を認めながらも「秋季入学の意義と必要性が国民一般に受け入れられているとはいえない」と先送りを提言。平成23年には東京大が秋入学への移行を検討したものの、学内などから強い反発を受けて、その後に断念した経緯がある。
今回の9月入学制をめぐっても、東京都の小池百合子知事らが導入理由の一つとして強調するのが「グローバルスタンダード」。欧米を中心に多くの国で秋入学が主流のため、海外と足並みをそろえ、外国人留学生らの受け入れ加速を狙う意味合いがある。
また、休校継続で感染リスクを回避しつつ、再開後の必要な教育課程の履修に取り組めることも利点の一つだ。「一律に来年9月の開始にすれば教育現場は余裕ができて楽になる」と立命館大の上久保(かみくぼ)誠人教授(現代日本政治論)は語る。懸念される感染拡大の第2波、第3波に伴う再休校の際にも対応できるとした。
さらに「大学や企業で良い人材を獲得しやすくなる」(上久保氏)。例えば海外で夏に高校や大学を卒業した優秀な人材が、日本の入学・採用シーズン前に「他国に行ってしまう」。少子高齢化が進み、国内で人材不足が進む中、9月入学を国際競争力向上の起爆剤にすべきだと強調する。
会計年度との「ずれ」
ただ、現状では企業などの就職・採用活動や公的資格の試験など多くの日程は4月を起点とする会計年度に基づいており、明星大の樋口修資(のぶもと)教授(教育行政学)は「9月入学制は教育改革ではなく社会改革だ」と指摘する。
就職・採用活動などへの影響に加え、小1児童の入学時期が来年秋にずれ込めば、移行期の4~8月は保育所などの受け入れ態勢が課題となる。
何月生まれまでを新小学1年生の対象とするかという問題もある。現状での対象年度の子供に、次年度の8月までに生まれた人数を加えれば、新1年生だけ人口が急増し、誕生日が丸1年以上違う児童も同一学年に混在してしまう。
樋口氏は「中長期を見据えた問題と、コロナ対策という短期的な問題を一緒に捉えるのは危険だ」と冷静な議論を促している。
政府は、関係省庁が課題を洗い出して論点整理した上で、6月上旬にも方向性をまとめる方針だ。