認知機能を強化する「コグトレ」が広がる 専門教室やドリル教材も

 

 立体展開図がうまく描けない、丸いケーキを三等分に切れない…非行に走った少年たちの「困難なこと」を明らかにし45万部のベストセラーとなった新書「ケーキの切れない非行少年たち」(新潮社)で紹介された認知機能を強化するトレーニングが、教育関係者や子育て世代から注目を集めている。今年1月に大阪に専門教室も誕生、ドリル教材も売り上げが伸びている。(津川綾子)

 更生支援の前に

 トレーニングは「ケーキの…」の著者、立命館大学産業社会学部の宮口幸治教授(児童青年精神医学)が開発した「コグトレ」。宮口教授が「更生に必要な能力」として、平成22年から医療少年院で非行少年たちへの指導に取り入れてきた。

 認知機能とは、記憶、知覚、注意、言語理解、判断・推論などの知的部分をつかさどる脳の働きで、学習の土台になる。この能力が弱いと、見たものを正しく認識できず、ゆがんで受け取ってしまったり、物事の背景を想像・理解することが難しかったり、行動にブレーキがきかなくなることがあるという。

 宮口教授は医療少年院で、非行少年の認知機能の弱さを目の当たりにしてきた。円形のケーキを三等分するように言うと、図のように切ってしまう。

 なかには、少年院に来てどう感じるかとの問いに「楽しい」と答え、置かれた立場が理解できていない子もいた。

 「再び非行に走らないように更生するためには、自分が犯した非行としっかり向き合い、内省しながら被害者のことを考えることが必要。しかし、認知機能が弱いと、反省しなさい、被害者の気持ちを考えなさいといっても難しくて理解できない。反省の前にしっかり『見る』『聞く』『想像する』力をつけてから、更生への支援が始まる」と宮口教授。それらの力を養うのがコグトレだった。

 学校の朝学習で

 コグトレでは、見本を記憶して模写したり、2つの図形や絵の共通点や相違点を見つけたりするシンプルなドリルを用い、記号や図柄を覚える、数える、写す、見つける、想像するといった作業を重ね、認知機能を鍛えていく。ほかにも身体的な不器用さを改善する簡単な運動や、社会性を養うプログラムもある。

 医療少年院での取り組みが注目を浴び、平成27年、三輪書店からドリルが発売。同社によると、「ケーキの…」の部数増に応じて子育て世代や教師からドリルの注文も伸び、累計発行7万部に。「学校の朝の学習などで活用されている」(担当者)という。

 また、今年1月には、大阪・吹田に「コグトレ塾」も誕生。小学校就学前の幼児から中学3年生が対象。医療機関ではないが、宮口教授の監修のもと、作業療法士らの指導で、1人ずつ知能検査や神経心理学検査を行った上で、認知能力の特徴に応じた1回90分のトレーニングを16回にわたって受ける。「友達付き合いで空気が読めずに困ってきた子や、頑張るのに学校の勉強についていけないと悩む子が通っている」と、指導にあたる桑原英生さんは話す。現在14人いる生徒の半数以上はいわゆる、障害の診断には至らないグレーゾーンの子供たちだという。

 中学3年の長女がコグトレ塾に通う兵庫県内の主婦(46)は「いくら勉強しても結果が出ない。なぜ? とずっと親も本人も苦しんできた」と言う。平均より弱いとされた記憶する力を中心に週に2度、トレーニングしている。「本人も少しずつ自信がついてきたようだ。親も子供の特性を理解でき、見守る姿勢ができた」と話した。

 医療少年院での取り組みに端を発したコグトレの広がりについて、宮口教授は「今まで認知機能の弱さが見過ごされてきた子供たちが大勢いる。そんな子供たちを助ける手だてになれば」と話している。

【用語解説】コグトレ Neuro-cognitive Enhancement Trainning(ニューロ・コグニティブ・エンハンスメント・トレーニング、神経認知機能の強化トレーニング)の略。神経心理学的リハビリテーションをもとに、発達途上の認知機能を強化するため、「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の5分野の力をトレーニングしていく。

「コグトレ塾」の授業の様子。どの課題もクイズやパズルを解くような感覚で取り組める