【教育、もうやめませんか】研究者に必要なのは「3時のおやつ」 最先端の宇宙研究所に唯一のルール

 

 「宇宙はどのように始まったのか? なぜ我々が宇宙に存在しているのか? 宇宙はこれからどうなるのか?」この謎を解き明かすために、数学、理論物理学、実験物理学、天文学にまたがる様々な研究者が集まる場所が東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)だ。

 この研究機構では、研究室や会議室の外で、随所に研究者同士の対話を促す工夫がされている。研究所入り口踊り場にずらっと並んだ黒板には所狭しと数式が書かれ、そこが研究者たちのディスカッションの場になっていることがわかる。そして、もっとも注目したのはこのカブリIPMUでの唯一のルールだという「ティータイム」だ。

ティータイムに生まれる“化学反応”

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構で毎日午後3時に開催される「ティータイム」の様子(Kavli IPMU提供)

 毎日きっかり午後3時になるとベルが鳴り高い吹き抜けのあるラウンジに研究者たちがぞろぞろと集まる。コーヒー・紅茶とクッキーを片手に様々な分野の研究者たちが情報交換を行う。このティータイムがきっかけで超域分野の研究者が手を組み新たな研究が始まることもあるという。

 例えば、同機構の客員科学研究員であるロバート・クインビー氏は2014年、超新星が通常の30倍の明るさで輝いた現象の仕組みを解明している。この発見もティータイムでの交流が後押ししたものというのだ。同機構発行の資料はこのように紹介している。

「Robert Quimbyらの30倍明るい超新星の増光の謎を解明した研究は、このティータイムで天文学者と物理学者、数学者が議論したことをきっかけに進められた研究であり、ティータイムが融合研究の推進に役立っているという良い実例である」(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構「世界トップレベル研究プログラム10年のあゆみ(PDF)」

 研究者たちには自由な環境が与えられ出社時間など勤務体系に関する規則はほぼ皆無だという。しかし、この3時のティータイムへの出席だけは全ての在所研究者に義務付けられていると聞いた。

 人々がクリエイティビティを発揮するためには誰かがとある方向に導いたり教えたりするのではなく、人々が化学反応を起こす環境をセッティングし、その維持管理に注力することに尽きる。今年9月に我々が開校するManai Institute of Science and Technology(=マナイ)を設計するための大きなヒントを、同機構の「3時のおやつ」の時間から得た思いだった。

ブレイクスルーのきっかけは研究室の外にある

 マナイのスプリングプログラムをホストし、連携してくれている沖縄科学技術大学大学院(OIST)にも同様の仕組みがある。ランチタイムに研究者が大学内のカフェレストランに集まり、カジュアルな立食形式で互いの研究や、トレンドについて会話を行う。OISTを訪れる外部研究者も盛んに参加するとのことだ。研究のブレイクスルーのきっかけは研究室や会議室の外にあるのだと多くの研究者が実感しているという。

研究者のランチ交流会にゲスト参加するマナイ・スプリングプログラムの参加者(マナイ提供)

中高生と研究者が融合する「カフェ」

 カブリIPMUのティータイムや、OISTの研究者交流会から着想を得たのが、去る6月中旬に都内で開催したManai cafe(マナイ・カフェ) だ。もともとは今年9月より第1期生を受け入れるマナイの学校説明会の企画であったが、「校長挨拶、カリキュラム紹介、入試について、進路指導について、質疑応答…これじゃ、つまらないよね」とマナイ内で議論が起こった。「よくある紋切り型の学校説明会ではなく我々らしく、マナイを説明するイベントをやろう」という想いで中高生、研究者、マナイのスタッフがカジュアルに交流する会としてマナイ・カフェを企画したのだ。

6月15日に開催された第1回「Manai Cafe」の様子。当日は雨にもかかわらず60名以上の参加者で賑わった(マナイ提供)
研究者の研究対象もさまざま。彼らの話に耳を傾けることで、これまで聞いたこともないような領域に興味をもった参加者もいたようだ(マナイ提供)

 パンフレットやWEBページに書いていないこと、電話やメールで問い合わせてもわからないことを中高生に直接届けたかった。研究者ってどういう生き方なのか、最初はなぜ研究者を志したのか、現在どんな取り組みを行なっていて、なぜそれに情熱を注ぐのか、それらを中高生に伝えたかった。当日は約40名の中高生、20名の研究者が集まった。過去にマナイの季節プログラムに参加した学生も多くが集まってくれた。

 人生において大事なことは、適切な情報を適切なタイミングで知ることだと考えている。中高生に今知ってほしい事、今考えてほしい事は、学校で何を学ぶかではなく、学校で学んだことを用いてその後どう生きるかだ。学校を出た後にどうやって生きたいのか、誰と何処で何をしていたいのか。中高生にとってマナイ・カフェがそれを考えるヒントとなればこの取り組みは大成功だ。

 参加者の中高生も、研究者との対話を通じて得るものがあったようだ。

「直接研究員の方々やスタッフの方々に質問できることがとてもよかった」(中学1年生)

「研究方法やタンパク質構造解析について新たに興味が湧いた」(高校1年生)

「人間は自分の判断による決断であれば何を選んでも後悔しないことを学ばせてもらった」(高校2年生)

「Manai Cafe事後アンケート」より

「予想外の収穫」

 マナイ・カフェには、マナイに直接関わる研究者だけでなく多種多様な所属の研究者にも集まってもらった。カフェを訪れる研究者にとっても新たな発見があったり、中高生を媒介として研究者同士の新たな出会いが生まれる、そんな場にしたいという思いもある。

 参加してくれた研究者(東京大学先端科学技術研究センター)が以下のように話してくれた。

「まず中高生が積極的にそして具体的に自らの将来を考えていることに驚いた。同時に研究職や、言うならば人生をかけて何かを探求するという行為に対しては不安や疑問を多く持っているということがわかった。自分の話が何かの助けになればよいと思う。また、中高生の質問から自分の研究の原点や初心を思い返すことができたのがよかった。普段会わない研究者と最新の動向について意見交換ができたのは予想外の収穫だった」

9月開校のManai Institute of Science and Technologyのパンフレット(マナイ提供)

 今後、マナイ開校後もマナイ・カフェは継続して行っていく。今回に限らず、毎回の反省点を絶えず改善しながら、中高生と研究者、そして研究者同士がお互いの関心を語り合い、化学反応を起こす場所にしたい。我々が創っているのは単なる学校ではなく、研究活動により人類を前進させようとする人々のコミュニティなのだから。

【プロフィール】野村竜一(のむら・りゅういち)

エデュケーションデザイナー
Manai Institute of Science and Technology代表

1976年東京都生まれ。東京大学卒。NHK、USEN、アクセンチュアを経て「旧態依然とした教育が人の学びを阻害している。学びをアップデートさせたい」との思いから起業。2019年秋、サイエンスに特化したインターナショナルスクール「Manai Institute of Science and Technology」を開校予定。「サイエンスを武器に世界中で夢をカタチにし、課題を解決できる」人物の輩出を目指す。論理的思考力養成の学習教室「ロジム」も経営。

教育、もうやめませんか】は、サイエンスに特化したインターナショナルスクールの代表であり、経営コンサルタントの経歴をもつ野村竜一さんが、自身の理想の学校づくりや学習塾経営を通して培った経験を紹介し、新しい学びの形を提案する連載コラムです。毎月第2木曜日掲載。アーカイブはこちら