【お金で損する人・得する人】「老後2000万円」でも心もとない 資産形成は準備期間で“戦略”を練る
令和の日本に激震が走った。5月に発表された金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」には、平均的な家庭は老後資金が2000万円不足するという衝撃の内容であった。
報告書の分析は的を射ているか
より正確に言えば正式版の報告書に先立って公表された金融庁の報告書案の中で、「(老後資金は)30年で約2000万円が必要」「公的年金だけでは生活水準が低下」といった文言が盛り込まれており、これに批判が殺到したのだ。
報告書の分析は的を射ているのだろうか。論理を私なりに追い、問題を検証してみよう。
60歳時点の平均余命によると、2人に1人が90歳、4人に1人が95歳、10人に1人が100歳まで生きることになる。人生100年時代には、老後資金不足のほか、認知症などにより、高齢期の財産管理が困難になることが想定される。
公的年金は、景気停滞、賃金低下、少子高齢化などを考えると、給付額が抑制されることとなる。税金や社会保険料の国民負担も重くなることが予想される。
退職金制度は、実施企業は9割から8割に低下しているものの高い水準を維持している。一方で退職金額について20年前は3200万円が平均であったが、現在は2000万円ほどと、ピーク時の6~7割となり、1200万円減少している。
老後の生活水準は、統計上の数値で考えると、収入が年金を含めて21万円、支出が26万円となり、毎月5万円不足している実態がある。日本では高齢者の就労率が高く、60代後半では男性の2人に1人が、女性の3人に1人が働いている計算だ。
毎月5万円が不足すると考えると、年間で60万円、65歳から95歳までの30年間で1800万円必要となる。さらに、介護費用や住宅のリフォームなどを考慮すると、さらに資金が不足する。こうしたことから、金融庁のレポートでは、30年で約2000万円の貯蓄が必要と結論付けたようだ。しかし、65歳時点での貯蓄など金融資産の保有額は、単身男女では1500万円ほど、夫婦なら約2250万円に達する。
年金中心の収入と支出の差による老後の赤字額が1800万円である一方で、老後の貯蓄が2250万円程度はあるのだから、今の高齢者は平均的に預貯金を取り崩せば最低限の生活水準を保つことができる計算である。
とはいえ、人々がその預貯金額で本当に安心できているかというと心もとない。内閣府が実施したアンケートによると、老後生活に関する不安をもつとの回答が多数を占め、老後の不安要因の1つがお金であることがわかっている。つまり、理想的な老後の備えとしての預貯金額と、実際の預貯金額に大きく差が出ていることが、今回の「老後2000万円問題」をきかっけに広がった不安の一因になっているようだ。
2000万円を計画的に用意すべき
「老後2000万円問題」の本質がどうやら見えてきた。いざとなれば預貯金を取り崩せばなんとかなる水準とはいえ、それは安心な老後生活とは程遠いでしょうというわけだ。
できれば預貯金に手をつけず、年金収支の不足額(2000万円)を計画的に準備したい。
2000万円というと大きすぎて準備できないと考える人もいるだろう。しかし、いきなり2000万円ではなく、20年で2000万円、40年で2000万円準備すると考えれば、それぞれ年間100万円、年間50万円の準備で済むことになる。これは月々8.5万円、月々4.2万円で足りる計算だ。
積立てだけでなく、投資の成果も加味すれば、積立金額はより少なくて済む。もしかすると、毎月8.5万円の積立が必要であったとしても、投資の成果が見込めれば、準備額は毎月7万円や5万円程度で済むかもしれない。もちろん、投資に失敗することもあり、その場合は8.5万円以上積み立てる必要があるかもしれない。
なお、筆者が相談を受ける場合、収入だけでなく、現在の支出レベルをもとに、家計シミュレーションを実施する。すると、95歳までの不足資金は2000万円どころではなく、3000万円~4000万円になることもある。4000万円を超えてしまうこともある。筆者の感覚では、レポートは最低限の準備資金を示しており、実際にはより多くの準備が必要であることは、筆者の経験上間違いないと言える。
では、具体的な老後資金対策と注意点をみてみたい。
老後資金対策は就労期間の延長、節約を検討される人が多いが、3割の人は若いうちからの資産形成を念頭にいれている。一方で、老後資金の準備に株式、債券、投資信託などの証券投資を候補として割合は2割に満たなかった。実際に投資を実行している割合はさらに低くなるだろう。
30代~40代は何をすべき?
実は今回の金融審のレポートは、老後資産形成についても引っかかる点がある。
レポートで推奨しているのは、長期・積立・分散投資である。長期で積立を継続することで、収益が安定してマイナスを抑えることができるようになる。投資の利回りは市況のほか、投資に関するコストが大きく影響を与えることとなる。これは、低コストの投資商品を推奨することを意味している。いわゆる、ノーロードファンド(販売手数料無料)やインデックス投信など信託報酬の低いファンドを間接的に推奨していることになる。
しかし、30代~40代で子供がいるような家庭の場合は、老後資金の準備だけでなく、住宅購入、住宅ローン返済、教育資金の準備などがあるだろう。長期投資にばかり目を向けずに、足元に必要な資金の準備をしておかないと、手元資金が足りずに必要以上にお金を借りることになりかねない。
具体的には、マイホームの諸費用が払えず、頭金もなく住宅ローンは住宅価格に諸費用を加えた全額を借りることになれば、金利の支払いが大きくなる。教育資金の準備ができずに、奨学金を借りれば子供の将来に返済負担がのしかかる。教育ローンを借りれば、子供に借金を負わせることにはならないが、金利負担付きの返済が長期間待ち構えている。自分たちの人生設計を考えた上で投資を行わなければ、結果として金利の支払いが増えることで、投資の収益を減らすことになりかねない。
まずは、自分たちの人生にどんなライフイベントがあるか考えるといいだろう。ライフイベントとは、出産、入園、進学、受験、卒業、転職、昇進、起業、定年などである。それぞれのイベントが発生した時、いくらのお金が計算し、どうやって資金を準備すべきか考えると、何に投資すべきかも見えてくるだろう。
10年以内の短期から中期の資金準備は、預貯金が最適であろう。10年から20年であれば、保険の積立も効果的だ。20年以上の準備期間があれば、投資信託など価格変動リスクのある商品を買い続けるのもいいだろう。どれか1つではなく、どれも同時並行して実行するのがよいだろう。
心配な方は、お住まいの近くでFPを探して相談するといいだろう。FPは専用の家計シミュレーションソフトを利用しているので、比較的速やかにあなたの老後資金の必要額を計算するはずだ。あとはその金額をどのように準備すべきかを検討すればよいのである。金額がでれば、あとは準備するだけだ。日本人の苦手な実行する、行動するという段階に進む必要がでてくるだろう。
【プロフィール】高橋成壽(たかはし・なるひさ)
寿FPコンサルティング株式会社代表取締役
1978年生まれ。神奈川県出身。慶応義塾大学総合政策学部卒。金融業界での実務経験を経て2007年にFP会社「寿コンサルティング」を設立。顧客は上場企業の経営者からシングルマザーまで幅広い。専門家ネットワークを活用し、お金に困らない仕組みづくりと豊かな人生設計の提供に励む。著書に「ダンナの遺産を子どもに相続させないで」(廣済堂出版)。無料のFP相談を提供する「ライフプランの窓口」では事務局を務める。
【お金で損する人・得する人】は、FPなどお金のプロたちが、将来後悔しないため、制度に“搾取”されないため知っておきたいお金に関わるノウハウをわかりやすく解説する連載コラムです。アーカイブはこちら
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