【ローカリゼーションマップ】F1の人気は本当に下がったのか? ネット社会での情報選択の難しさ

 
F1ミラン・フェスティバル(C)KenAnzai

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 9月2日のF1イタリアGPを前に、8月29日からミラノ市内で「F1ミラン・フェスティバル」が開催されている。GPにあわせ、個々のチームが市内で何らかのイベントを実施することはあったが、過去、F1全般のプロモーションをミラノで開催したことはなさそうだ。

 「F1はつまらなくなった」という声をよく聞く。が、実際、F1は世界で今も関心の的なのか?と思い、ネットで少々調べてみたが、結局、よく分からなかった。もっと時間をかければ分かるのかもしれないが、短時間では無理である。

 グーグルトレンドでおよそ15年近い動向を見ると、検索結果数は下降気味である。しかしながら各国の動向をチェックすると、トレンドが全体と必ずしも一致しない。

 要因としては、強いチームやドライバーの国籍によって毎年、国ごとに人気が激しく揺れる。かつては英国・イタリア・ブラジルあたりを見ていれば、「こんなものだろう」と思えた。今は中東やアジアの開催国での人気推移もチェックしないといけない。

 サーキットの観客席はおよそ満席になるから、増減の材料にならない。各国のTV視聴者数をみても、有料TVでの放映が増えたためか、長期的な比較がしづらい。放映権の料金の高さがダイレクトに人気を示唆、とするのも無理がある。

 またTVの視聴率だけでは動向に偏りが出る。ネット配信もカウントする必要があるし、それも違法配信も含めないと事情を掴んだことにならない。

 もちろん、こうした難しさはF1に限った話ではない。

 現在、身近に大量のデータが揃っている(ような)環境に我々は生きているが、その実、短時間で何らかの結論を下すのは難しい。だから中途半端なチェックでものを語るか、納得いくまで調べ切るか、そこで一瞬、考える。

 インフルエンサーをいわばキュレーターとしてフォローするとしても、その人たちが急にF1のような特定のテーマの発言をしてくれるのは稀だ。あくまでも「インフルエンサーの関心領域をフォローする」のである。

 ネット以前の時代は、短時間で判断を下すなどという誘惑がもともと少なかった。どこか権威あるメディアか人の文章で探しているテーマを扱っていなければ、自ら自分の関心領域にあわせたデータを図書館や書店で揃え、自分の意見をもつ。それにはコストと時間を要した。

 が、今は「そんなのネットで分かるでしょう! 調べもしないで人に聞くな!」というのが、第一声の世の中である。「ネットに情報が満載されているから、知識の量の多寡は問題にならない」ともアドバイスされる。

 そう言われるのももっともだし、他人に説教もされたくもないから、結果、中途半端な情報収集に基づいた判断がネット上に散乱することになる。

 この散乱ぶりに嫌気がさして、「自分の経験に基づいたことしか書かない」「批評はどうでもいいから、実行こそが大切」との声が他方から聞こえてくる。

 ぼくも散乱現象を招いている1人だなと忸怩たる思いを抱きながら、「で、やはり短時間で、ちゃんとした情報を得るって難しいわけね」と諦める。

 選択肢が増えれば増えるほど、選ぶためのプロセスにストレスがかかり、どれかを選べれば選んだで、「他の選択肢を選べば良かった」との後悔がつきまとう。心理学者も指摘する事実だ。

 即ち、ある状況を素早く把握できる(ような)環境のもと、どの情報を選べば良いのかが即断できず、全体を把握できたとはなかなか確信がもてない。そのため自らの情報収集・選択能力のなさを嘆き、常にプレッシャーを感じ続ける羽目になる。

 さらに「ビジョンをしっかりもて」「自分の心の声を聞け」「広い範囲に通じる判断力を鍛えろ」と追い打ちがかかる。

 これは逃げ出すしかない。そんなあれもこれもと、それぞれのレベルにあったリクエストなりプレッシャーに答えられるわけがない。どうせ、言っている本人にして、それらをかなえているわけでもあるまい。

 「F1人気? そんなの知るかよ。知ってどうする?」と言い返せばすむことだ。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』、共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。

▼【安西洋之のローカリゼーションマップ】のアーカイブはこちら