ビットコインの給与払いは確定申告が超面倒 やっかいな“値上がり益の税申告” 

提供:PRESIDENT Online
※写真はイメージです(Getty Images)

 GMOインターネットグループが、従業員の希望に応じて、給与の一部をビットコインで受け取れる制度を始める。保有ビットコインが値上がりすれば「お得」だが、換金や物品購入をした場合にはかなり面倒な確定申告が必要になるという。社員にとって本当にお得な制度なのだろうか--。

 賃金の支払いに関する5つの原則

 12月12日、GMOインターネットグループは、社員が給与の一部をビットコインで受け取れる制度の導入を発表しました。4000人超の従業員を対象としたもので、2018年2月給与分(3月支払い)から導入するといいます。発表された「制度設計(案)」は以下の通りです。

 <制度設計(案)>

 本人の希望(申し込み)により、給与の手取り支給額の一部をビットコインで受け取り可能にする

 ◆申込金額は、下限1万円/上限10万円まで1万円刻みで購入が可能

 ◆申込金額分を給与から天引きする方法で、同金額相当をビットコインの購入に充てる

 ◆購入したビットコインは、給与支給日に「GMOコイン」(グループ会社が運営する、仮想通貨の売買・FXサービス)で開設した各パートナーの口座へ振り込む

 ◆会社は、申込金額の10%を「奨励金」としてパートナーに手当を支給

 ※ビットコイン支給額の換算レートについては検討中

 これに対して、世間からは賛否両論の声が上がっています。中には、「違法ではないか」という指摘もありました。実際にはどうなのでしょうか。労働基準法(24条)には、次のように、賃金の支払いに関する5つの原則が定められています。

 「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を、毎月1回以上、一定に期日を定めて支払わなければならない」

 1.通貨払いの原則

 2.直接払いの原則

 3.全額払いの原則

 4.毎月1回以上払いの原則

 5.一定期日払いの原則

 このうち、「1.通貨払いの原則」「3.全額払いの原則」などに反するのではないか、という意見です。

 しかし、これらの原則には、法令や労働協約・労使協定に定められているものに関して例外措置が認められています。例えば、税金、食事代、社宅家賃などです。GMOのケースは、この例外措置を適用しているので、労使協定などが締結されていれば、違法とは言えません。

 一般的に、同じような給与天引きのしくみとして、財形貯蓄、選択制確定拠出年金、従業員持株会といった制度があります。

 財形貯蓄や持株会とは違うのか?

 ▼「財形貯蓄」

 財形貯蓄制度を導入している企業が、社員の給与や賞与から、各人が申請した一定額を天引きして行う貯蓄制度。「一般財形貯蓄」「財形年金貯蓄」「財形住宅貯蓄」の3種類がある。「財形住宅貯蓄」と「財形年金貯蓄」は、双方の合計で最高550万円までの利子等が非課税となる。

 ▼「選択制確定拠出年金」

 選択制確定拠出年金を導入している企業が、社員の給与から、各人が申請した一定額を確定拠出年金に拠出できる制度。労使合意に基づいて、法定(現在は、最大5万5000円)の範囲内で、拠出上限額などを決定する。社員にとっては、拠出した分の給与が減った形になるため、所得税や住民税、社会保険料の自己負担分が軽減できるなどのメリットがある。

 ▼「従業員持株会」

 主に上場企業などで、従業員が持株会を設立して、自社の株式を継続的に購入する制度。社員の給与や賞与から、各人が申請した一定額を天引きして購入される。会社が奨励金などを支給することで、社員側のメリットを設けるケースが多い。通常はインサイダー取引として規制されている、自社の株式を保有することができる。

 それぞれ、社員各人の自由意思により金額を決定し、給与や賞与から天引きされた上で、対象となる金融商品の購入などに充てられます。この点では、GMOが実施するビットコインの受け取りも同様です。本人が嫌なら全額給与支払いを選べばいいだけですので、しくみ自体には問題なさそうです。

 そのため、論点はビットコインを対象とすることの是非、ということになりそうです。仮想通貨は、財形貯蓄や確定拠出年金、自社株とはどこが違うのでしょうか。

 ビットコインは、2017年は年初から、20倍の価格にまで跳ね上がりました。1日で10%や20%乱高下することも珍しくありません。否定的な意見の中心は、このように極めて不安定なものへの投資を会社が推進してよいのか、といった内容です。

 この点への反論としては、「確定拠出年金や自社株だって、値上がりも値下がりもするじゃないか。財形貯蓄は値下がりしないけど、金利だってほとんど付かないじゃないか」といったことになるでしょうか。バブル崩壊後は、たいていの株式や投資信託は、長年値下がりを続けていました。「持株会なんて、まっぴらごめん」と思っている中高年の人も多いと思います。

 価格変動より、税金面がネックか

 さらに見過ごせない問題としては、ビットコインなど仮想通貨に対する税制があります。保有しているだけであれば、いくら値上がりしても問題ありません。しかし、日本円に換金したり、他の仮想通貨に乗り換えたり、物品を購入したりした場合には、所得税や住民税の課税対象となります。

 課税対象となるのは「値上がり益」があった場合です。20万円を超える利益がある場合には「雑所得」として確定申告が必要です。

 この申告はかなり面倒です。まず、ビットコインの取得価格を移動平均法と総平均法のいずれかの方法で確定させる必要があります。また換金や他の仮想通貨への乗り換え、物品購入をした時点の日本円価格を把握する必要があります。

 ビックカメラのような小売業やネット通販など、買い物に使用できる店は拡大しています。例えば、ビックカメラで乾電池を買うのにビットコインで支払うことはできても、そのような細かい使用履歴から、利益額を全て計算しなければなりません。他の仮想通貨に乗り換えた場合にも、その都度の価格を把握する必要があるのです。

 GMOグループの人たちは、税引き後の給与として支給されるので、保有しているだけなら申告は不要ですが、利用を考えると相応の準備が必要です。

 社員が自由意思でビットコインでの給与支給を選択するのであれば、制度自体に問題はなさそうです。しかしGMOグループではビットコインの売買やレバレッジ取引のサービスを提供しています。会社が給与の一部として支払うのは、こうしたサービスを広げる目的があるのでしょう。社員の自由意思を徹底遵守してほしいと思います。ちなみに同社の基本姿勢は「革新的な取り組みにより、リスクを恐れず突き進む」だそうです。

 一方、ビットコインが今後も順調な値動きを続けている限りにおいては、企業としての社会的責任を問う声も限定的でしょう。それが崩れるとすれば、大幅に値下がりして社員の不満が続出するか、逆に「値上がり益」が出ているにもかかわらず、税務申告を怠った社員が摘発されるようなケースではないでしょうか。

 人事労務部門泣かせの制度であることは、間違いなさそうです。

 (新経営サービス 常務取締役 人事戦略研究所所長 山口 俊一 写真=iStock.com)