【IT風土記】兵庫発 神戸ビーフに続け…灘の酒、世界ブランドに挑む
兵庫県にある日本酒のふるさと、灘五郷は、瓦屋根に白壁でできた酒蔵と、最新の酒造設備を擁する工場が共存する趣のある空間だ。増え続ける訪日外国人観光客(インバウンド)たちの観光スポットとして、脚光を浴びているチャンスをとらえ、地方創生につなげようという試みが動き始めている。かつて「灘の生一本」として全国に知られ、日本ではお馴染みだった灘の酒も、日本酒の需要低迷と愛飲層の高齢化という課題に直面する。国内での需要挽回と、神戸ビーフに続く世界ブランド確立に挑む業界関係者たちの挑戦が、大きなうねりを起こそうとしている。
ブームを仕掛ける「日本酒女子」
「若い女性が日本酒に関心を持ち始めている。驚いたことに、親世代が自宅で日本酒を飲まないので、初めて日本酒を試したという女性も多かった」。灘五郷酒造組合の壱岐正志常務理事はこう話す。組合の勧めで「日本酒デビュー」した女性たちは、「日本酒との出会いに新鮮さを感じている」といい、味に対する評価もまずまずだという。
神戸市は2014年11月に「神戸灘の酒による乾杯を推進する条例」を施行するなど、灘の酒の普及促進をバックアップしている。灘五郷酒造組合も神戸市と手を携え、「灘のお酒でカンパーイ!」をテーマにしたキャンペーンを展開。その中で、ターゲットとして最も力を入れているのが「日本酒女子」の開拓だ。
女性たちへのアピールポイントは「健康と美容」。組合が作製したPR用のパンフレットの中でも、適量飲酒で健康維持や予防の効果や、風呂に加えて入浴した場合の肌の保湿効果などへの期待をうたっている。「カープ女子」や「山ガール」など、女性がブームの火付け役となるケースが多いことに着目し、まずは女性を味方につけようという戦略だ。
全国随一の酒どころは今…
灘五郷は、兵庫県西宮市から神戸市灘区大石まで沿岸約12キロメートルにわたる地域を指す。灘という地名は、江戸時代から使われており、当時は今より広い範囲を指していたが、明治中期以降は、東から順に、今津郷、西宮郷、魚崎郷、御影郷、西郷の5つの郷を灘五郷と呼ぶようになった。
灘地方は、宮水と呼ばれる良質な水を持ち、厳しい冬の寒気など、清酒醸造に適した気候条件を備えている。この地域には、丹波杜氏の伝統の技が古くから受け継がれており、全国でも随一の酒どころとして栄えてきた。しかし、1995年1月17日に発生した阪神大震災では、白壁土蔵造りの酒蔵が倒壊などの被害に見舞われた。灘五郷酒造組合の藤井篤事務局次長は「この地域には中小蔵元が多く、廃業に追い込まれるケースも見られた」と振り返る。さらに、2000年以降、日本酒を愛飲していた層の高齢化や、20~40代の日本酒離れなどもあり、厳しい経営を余儀なくされる蔵元も少なくなかった。
こうした灘五郷を取り巻く厳しい環境の風向きが変わり始めたのは、中国人の爆買いが盛んになった2015年以降のインバウンドの増加がきっかけだった。白鶴酒造広報室の大岡和広副主任は「外国人観光客の急増に対応し、外国語のできる案内役の確保に迫られた。その中で有効だったのはICT(情報通信技術)を活用した取り組みだった」と話す。
インバウンド需要を取り込め
白鶴酒造資料館は、蔵人が作業する姿を人形に再現し、実際に使った道具を可能な限り忠実に再現している。踏桶に入れた精白したコメを洗う「洗米」や大釜の上に甑を乗せてコメを蒸す「蒸米」、「麹取り込み」、「もと仕込み」、「もろみ仕込み・もろみ出し」といった酒づくりの一連の作業を見学する際、スマートフォンでQRコードを読み込むと、15か国語で解説してくれる仕組みだ。
資料館の見学を終えた来館者が土産物店で買い物する際も、ソフトバンクのロボット「ペッパー」が案内役を務める。公募の結果、「ハクちゃん」と名付けられた案内ロボットは、白鶴酒造の法被をまとい、英語、中国語、日本語で愛嬌を振りまく。「白鶴酒造の商品については、ハクちゃんにバーコードを読み込ませると、商品の説明をする」と大岡副主任はいう。
訪日外国人が酒蔵を訪れる光景は、白鶴酒造に限ったことではない。国指定重要有形民俗文化財「灘の酒造用具」を展示している菊正宗酒造記念館にも、年間2万5000人を超える外国人が訪れており、外国人比率が2割を超えている。菊正宗の嘉納逸人副社長は「爆買いが一段落し、モノからコトへの消費がキーワードになっており、酒づくりの見学はコト需要のひとつで、こうしたニーズに対応したい」と意欲を示す。
日本酒をテーマにした観光振興や地域活性化の取り組みとしては、「酒蔵ツーリズム」と呼ばれるプロジェクトが全国各地で行われている。酒蔵解放や酒蔵体験、日本酒をテーマにしたイベント、スタンプラリーなどの仕組みづくり、外国人向けツアーのプロデュースなどさまざまな取り組みや他の観光資源との連携を目指すものだ。
灘五郷では、酒造メーカーを中心にそれぞれが魅力的なイベントを実施し、インバウンド需要の取り込みを競っている。灘五郷酒造組合の藤井事務局次長は「単発の花火の打ち上げで終わるのではなく、灘五郷のブランドをどう浸透させていくかが課題だ」と話す。
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