【IT風土記】北海道発 海のビッグデータ操る「マリンIT」 漁業での活用に期待

 
船上でタブレット端末を操作する新星マリン漁業協同組合留萌地区なまこ部会の漁師たち(和田教授提供)
「マリンIT」の生みの親でもある公立はこだて未来大学の和田教授
ICTを活用した雇用対策を熱く語る函館市の工藤市長
北海道大学の宮下教授

 北海道函館市は、函館山から眺める美しい夜景や歴史的景観である五稜郭など豊富な観光資源を持ち、北海道新幹線の開通でさらに魅力ある街として脚光を浴びる。しかし、その注目度の高さとは裏腹に、若年層の都市への流出や高齢化などで毎年約3000人という急速な人口減少に悩まされている。地域の活性化の切り札として期待されているのがICT(情報通信技術)の導入だ。なかでも、これまで地域を支えてきた漁業のIT化を進める「マリンIT」への期待が高まっている。

毎年3000人、ハイペースの人口減

 「大学進学率が高まっている中で、地元に大卒者が務める職場がないことが、若者の都市への流出を招いている」。工藤壽樹・函館市長は危機感を募らせる。民間調査会社のブランド総合研究所による「最も魅力的な市区町村」の調査で、函館市は3年連続トップに選ばれている。外から、憧れのまなざしを集める街だが、地元の若者の考え方は違うようだ。函館市の人口は1980年のピーク時に34万5000人だったが、2015年の国勢調査では、約26万6000人にまで減少している。毎年、自然減が2000人、若者の流出が1000人の合計3000人というハイペースで人口減が進んでいる。

 若者の流出先は首都圏や北海道の札幌などの大都市だ。工藤市長は「若者が吸収される大都市が、過密化により子育て環境が悪化し、少子化が進む」と述べ、日本が人口減の悪循環に陥っている現状を指摘する。一方で、函館市の高齢化率は32.8%にまで上昇しており、3人に1人が65歳以上の高齢者になりつつある。

 定住人口の減少は日本全体の課題で、函館市だけで取り組めることは限られている。工藤市長は、「豊富な観光資源を武器にインバウンド(訪日外国人客)を含めた交流人口の拡大に取り組んでおり、成果が上がってきた」と自信を深める。さらに、定住人口の減少に歯止めをかけるために取り組んでいるのが、IT企業の誘致や子供向けのプログラミング教育だ。「子供時代にプログラミングを教えることで、楽しみながらITに強い人材が育つ。今でも大手IT企業の拠点を誘致しているが、人材が豊富になることで、人材の獲得に苦心しているIT企業が集積する」からだ。

 工藤市長は「ICTの企業や技術者が集積する街づくりが実現すれば、時間はかかるが、若者が戻ってくるはず」と信じている。その自信を支えているのは、函館が生んだロックバンド、GLAY(グレイ)のTAKUROさんの言葉だ。グレイのほとんどの楽曲の作詞作曲を担当するTAKUROさんは、工藤市長との対談の中で、「東京では放出するだけで充電はできない。曲作りは函館でやります」と話したという。物事を考えて企画したりするのは、函館のような落ち着いた街が適している。今は、高学歴の若者たちが満足して働ける場所は多くないが、ICTによる街づくりが進めば、才能豊かなクリエイターたちを生み出せる土壌はあると考えている。

マリンサイエンスで世界をリード

 函館市は豊富な水産資源に恵まれ、水産・海洋分野の学術研究機関や関連産業が集まっている。対馬海流、リマン海流、親潮(千島海流)という3つの異なった海流が流れ込む恵まれた地理的・自然的条件にある地域の優位性を高めようと、国際的な水産・海洋に関する学術研究拠点都市を目指そうという取り組みにも力が入っている。

 「函館国際水産・海洋都市構想」と名付けたプロジェクトは、産官学が連携し、マリンサイエンスの分野で世界をリードする研究成果や革新技術を生み出し、雇用の創出と産業の活性化に結び付けようという狙いだ。函館市は構想を具現化するために、学術試験研究機関や民間企業が一堂に入居できる研究室を備えた「函館市国際水産・海洋総合研究センター」を2014年にオープンさせた。

 海洋生物の研究に取り組む北海道大学の宮下和士教授は「水産・海洋関係の産業育成に取り組みながら、世界に通用する研究成果を発信するのが目的だ」と話す。具体的には、北海道の主力産業の一つである漁業と、ビジネスを有機的に結びつけることによって、漁業の活性化と海洋関係の産業のクラスター化の両立を目指している。

漁業の発展のために、ITができること

 この構想に基づく研究の中で、大きな成果を上げている取り組みがある。公立はこだて未来大学の「マリンIT」だ。IT漁業のパイオニア的存在になったマリンITを研究する和田雅昭教授は、北海道大学水産学部を卒業後、地元・函館市の東和電機製作所に入社し.プログラマーとして主にイカ釣りロボットの開発に携わった。「漁業の発展のために、自分ができることを考えた」というのが民間企業への就職の理由だ。

 その後、ホタテガイ関連機器に携わっていた時に起こったホタテガイの大量死をきっかけに、海の状況を把握する必要性を強く感じるようになり、ITを活用した「海の見える化」を研究するために海洋研究の道に入る。ホタテガイ大量死が教訓となり、水温という情報をリアルタイムに漁業者に届けることを目的に始めた研究は、少しずつ幅を広げ、研究仲間や協力してくれる漁業者を増やしている。

 小型で安価な水温観測の「ユビキタスブイ」がライセンス契約により製品化されたほか、米アップルの情報端末「iPad」のアプリとして開発したデジタル操業日誌は、これまで数か月を要していた水産資源量の推定をリアルタイム化した。北海道大学の学生時代に和田教授の先輩だった宮下教授は「マリンITは、ICTを漁業のために役立てるという社会実装で成果を上げている。ICTを社会実装につなげるプロセスは、これからのマリンサイエンスで最も難しく、重要な取り組みだ」と評価している。

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