【IT風土記】愛媛発、ICTで水産業活性化、現場で使えるものこそ最新
愛媛県の南西部、太平洋の黒潮の恵み豊かな愛南町は古来から水産業の盛んな町だ。だが1982年に400億円あった漁業生産高は2009年には260億円に落ち込んだ。漁獲高だけではない。全国の水産業と同様、燃料や飼料の価格高騰や後継者不足など取り巻く環境は厳しい。そこでICTを導入し必要な情報を関係者が共有し業務の効率化を図った。その試みと成果は-。(早坂礼子)
その日、町の中心部に位置する深浦の海は凪いでいた。快晴の空の下、気持ちのいい潮風に吹かれているうち、10分ほどで船は湾内の漁場に到着した。
海中に網をめぐらせた養殖魚の生け簀がいくつもある。透明度の高い海水のなかには一面あたり約4万匹のマダイが青白い鱗を光らせてひしめいている。そこへ船の餌やり口からダダダダとエクストルーダー・ペレット(固形飼料)が弧を描いて打ち出される。降り注ぐ餌を魚たちは水しぶきを上げながら先を争って食んでいく。
船上の操舵室でタブレットを操るのは安高水産有限会社の安岡高身社長だ。祖父の代は市場でカツオやアジ、サバを飼う仲買人だったが、2002年に「これからは養殖だ」と転業した。いまではマダイの養殖専業だ。手元のタブレットには町の水産課による「愛南町水域情報ポータルサイト」が入っている。海水の水温、水中に溶け込んでいる酸素の量、塩分濃度、赤潮の発生状況など町内の各水域の環境情報が毎日送られてくるのだ。
なかでも重要なのは赤潮情報だ。プランクトンの異常増殖で海が変色する現象で、夏場に多く水が赤く染まることが多いため“赤潮”と呼ばれる。赤潮発生時には、餌やりや出荷作業を見送り、魚を安静に保たねばならない。どの場所にどんな種類がでているか「緊急情報」として登録ユーザーに一斉メールで通報されるという。
養殖業者から発信する情報もある。病気にかかった魚を発見したら、発生情報とともにサンプルを町の水産課に持ち込む。すると町と漁協の職員が魚の病気を特定し、持ち込んだ養殖業者にメールやFAXで注意喚起や必要な対応を指示してくれる。
町内に魚病の検査機関がなかったときは北部の宇和島地域にある県の施設に出していた。「結果を知るためには電話をかけなくてはならないのに、夕方の5時を過ぎるともう閉まっていて。いまは水産課からのメールで結果を知ることができる。現場の漁場にも直接連絡が入るので餌をやっているひとたちもすぐ対応できる。ものすごく便利になりました」と安岡社長は話す。
町から提供されるこうした「水域情報可視化システム」と「魚健康カルテシステム」をベースに安高水産は、給餌、魚の状態、水質状況の管理を組み合わせて同社独自のシステムを構築。それを見ながら毎日の餌のやり方を決めている。その結果、全長8センチほどだった稚魚は2年で50センチほどの立派なマダイに成長する
水揚げ作業は壮観だ。海水ごとクレーンで引き上げられてきたピチピチの成魚を水槽に移す。跳ね回る魚をすばやく手でつかみ、内部が横に区切られたケースに個体別に立てて納めていく。これをケースごとに海水を満たしたトラックの水槽に積み込んで、活きたまま関西地方に届けるのだ。
関東向けに特注の機械で絞めたマダイの出荷もあり、毎朝7時すぎから夕方4時半くらいまで休憩をはさんで作業が続く。水揚げ高は季節によって違うが、毎日平均5000匹、出荷高は年に約180万匹にのぼり、1キログラムあたり700円から800円で取引される。社員はベテランから若い人まで28人。「みんな地元出身、顔なじみですよ」と安岡社長はさわやかに笑った。
養殖マダイの出荷量で全国で1、2位を争う愛南町。地元の雇用にも貢献する水産業振興の背景には、町、大学、漁協、そして漁業従事者の連携がある。
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