磁気刺激で脳活性化…投薬に頼らない「TMS治療」 鬱だけでなくII型障害にも
最先端の鬱治療とは(3)TMS(経頭蓋磁気刺激)治療。大脳の背外側前頭前野に磁気刺激を与えることで、さらに奥にある扁桃(へんとう)体も刺激する。扁桃体は不安や悲しみといった感情をつかさどるアーモンド形をした神経細胞の集まりで左右に1つずつある。米食品医薬品局(FDA)が2008年に鬱(うつ)病を治療するのに使用を許可した装置だ。
薬のいらない画期的な治療法として米国で広まり目覚しい成果をあげているとされるが、新宿メンタルクリニック(東京都新宿区西新宿)の川口佑院長は「メリットは副作用がほとんどないことと治療にかかる期間が短縮されることです。適切な投薬とカウンセリングだけでも時間をかければ同じ効果を得ることは可能だと考えています」と投薬で鬱病が治療できないわけではないことを前置きする。
記者は鬱症状と診断され13年12月から1カ月半休職し復職。完治を確認するために受けた大脳血流を調べる光トポグラフィー検査で、鬱病ではなく双極性II型障害(II型障害)と診断された。軽い躁状態と鬱状態を繰り返すII型障害にもTMS治療の効果はあるのだろうか。
「確かにFDAはTMS治療を鬱病に許可した。しかし、その過程となる認証試験では患者にII型障害が含まれていた可能性が高い。バイオマーカーを使わずに(問診だけで)やっているので、当然紛れ込んでいるはずだ」と川口院長は分析する。II型障害が鬱病と当初診断されうる事例が多いことは前回触れた通りだ。
新宿メンタルクリニックでTMS治療が始まったのは13年6月から。以来1000人弱の症例を診てきたが、そのうち30回の治療後に正常なレベルまで戻った寛解率は約6割ほど。さらに改善が見られた患者が84%という。
当初の改善率は8割前後だったが、左側の扁桃体だけではなく、右側の扁桃体にも刺激を与えるようになってから効果が上がっていったという。「左はどちらかというとアクセル。右はそれを制御するほうです」(川口院長)。左側への刺激で躁状態になったものを右側への刺激で抑え、変動幅を小さくするイメージだ。
TMS治療は週2、3回のペースで受診し、5回ごとを目安に臨床心理士からカウンセリングを受けることが必要だ。もちろん患者から申し出れば医師の診察を受けることができ、機器を扱うトリーターも会話から患者の状態を探ろうと努力する。適切な治療を続けていくため、患者の状態を常に把握しておくことが欠かせない。
川口院長は「最初は左側だけ刺激して一発で治って万歳してたのですよ」と少し自嘲気味に(米国における)初期段階のTMS治療を紹介。米国では脳に電極を埋め込み、扁桃体のさらに奥にある25野と呼ばれる部位に直接磁気刺激を与える治療が始まっているという。新宿メンタルクリニックでも症例を加えるごとに日々治療法が進化していくことを実感している。
難治性鬱病に苦しんできた患者にとってTMS治療は願ってもない話だが、欧米に比べて最先端の医療機器の承認に時間を要するいわゆる「デバイスラグ」のため、日本ではまだ認可されていない。そのため保険が適用されず高額な治療費がかかる。1回6万円の治療を30回受ける必要があり、TMS治療だけで180万円となる。
記者は治療に同意し診察室へ向かった。治療費の多寡については個人の判断になるが、患者の一人として日本でも保険が適用されることを願う。新宿メンタルクリニックはTMS治療に使う医療機器を国内最大となる63台を保有。1台ずつ個室が割り当てられており、リラックスできそうだ。
歯科にある診察台のようにモニターやアームの付いた大型のリクライニングシートに座る。シートが倒れていき、やや上方に視線を向けた状態となる。サイドパットで頭部右側を固定したうえで、磁気を発生し頭蓋骨を通過して脳に直接刺激を与えるコイルを頭部左側に当てられた。
タッ。脳神経に磁気刺激を1回与える。医師、機器を取り扱うトリーターの視線は記者の右手の中指に集まっている。刺激に反応しピクっと動く指を見て、強度、部位、コイルを当てる角度などを見極めるそうだ。数回の磁気刺激でポイントが判明したようだ。
医師の説明が始まる。「1分間に50回の刺激を加えます。4秒間刺激したあとに26秒間を空けて再び始まります。これが37分間続けられます。最初は痛みがありますが、慣れていきますので安心してください」。タタタタタタタタタタタタタッ…。記者の目から火が出た(はずだ)。
関連記事