2015.10.1 11:20
ノンフィクション作家・青樹明子
道で転んだ人を見かけた場合、あなたはその人を助けますか?
本来ならば、これは至極簡単な質問である。しかし、近年中国では、その人の人生観、人生哲学にかかわる重大な問題だと言ってもいい。何故(なぜ)ならば、助けた相手に「こいつに倒された」などと言われ、治療費等を要求されることもあるからである。
9月初め、軍事パレード一色だった中国で、ある出来事が庶民の注目を集めていた。
9月8日早朝、安徽省淮南市で登校中の女子大生は、老人が道で転ぶのを目撃した。
大声で助けを求めている老人を彼女はすぐさま助け起こし、求めに応じて救急車を呼ぶ。
老人の妻もかけつけ一緒に病院に運んだのはいいが、医者に「何故転んだのか」を尋ねられると「この子の自転車に突き飛ばされたからだ」と答えたのである。
老人は右腿を骨折していて、女子大生は治療費2000元(約3万7720円)を請求されることになった。
ここまでは残念ながら、中国ではよくある話である。安徽省の事件が一気に広まったのは、女子大生がネット上で「誰か私の潔白を証明してください」と目撃者を募ったからである。
真相は藪(やぶ)の中だったが、驚いたのは、この事件に対する庶民の反応である。
中国中央テレビ(CCTV)が報道番組内で行った調査によると、85%の人が女子学生を支持し、老人が正しいと感じている人は、0.76%で、1%にもみたなかった。ほとんどの人が、嘘をついているのは老人のほうだと考えたのである。
同調査は重ねて問いかける。「もしあなたが、道で転んだ老人を見かけた場合、助け起こしますか?」
答えは43%が助け起こさない、27%が(携帯などで写真を撮るなど)証拠を残してから助ける、となっている。この数字は、逆であるのが正常な社会であるはずだ。
9月21日、警察は「女子大生が老人にぶつかった」という結論を下した。事件は収束に向かったが、ネットでは引き続き論戦が続いている。
北京に留学している某日本人男子学生の話。
「駅の階段で、お年寄りが大きな荷物を抱えて困っていたから荷物を持ってあげたんです。でもその人あまり嬉しそうじゃなかったし、周りの人も冷たい眼で見るんですよ。何故かな」
中国人は本来世話好きな人たちである。当たり前に人助けをしていた中国こそ、本来の姿だと信じたい。