日常生活の中で無意識に選択したり、避けたり、誘導されたりする経験は、誰にでもあるだろう。例えば、大阪大医学部付属病院(大阪府吹田市)に最近設置された消毒器。イタリアの観光名所「真実の口」と模しており、普段は利用しない人も思わず手を入れたくなるだろう。また、飲食店などにある男子トイレの小便器。ふと狙いたくなる「的」があれば、結果的に尿の飛散は防がれ、清掃の手間を省く。あるいは路地に鳥居のような絵があれば、「神様の視線」を感じ、ポイ捨てなどの罰当たりな振る舞いをする人は減るという。こうした行動を研究する学問が「仕掛学(しかけがく)」。ちょっとした人の心理を巧みに分析し、社会の問題解決につなげようと研究にいそしむ第一人者の「知」に迫った。(細田裕也)
バスケ+ごみ箱の効果
目の前に2つのごみ箱がある。そのうち1つには、バスケットボールのゴールネットがついている。人はどちらに、ごみを入れるのだろうか-。
約10年前から仕掛学の研究に取り組む大阪大大学院経済学研究科の松村真宏(なおひろ)教授が、実際にキャンパス内で取り組んだ実験だ。
松村教授によると、通常のごみ箱に比べ、ゴールが設置されている方は1.6倍のごみを集めた。つまり、多くの人は好奇心にかられて、ゴール付きのごみ箱にシュートし、ゴールつきの方が、ポイ捨て防止などにはより有用だと分かったという。
「ごみ箱とバスケットボールのゴールは、どちらも誰でも知っている。ただ、その組み合わせは見たことがある人はほとんどいない」と松村教授。見慣れたはずのものが見慣れないものに感じること(馴質異化=じゅんしついか)と、見慣れないものが見慣れたように見えること(異質馴化=いしつじゅんか)が同時に作用し、好奇心を呼び寄せたと分析される。