故人を気持ちよく見送るため、葬儀社も専用会場やプランを新設している。小さな空間に充実のサービスを提供している実例を紹介する。
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リビング感覚で
家族葬が広く普及するのに伴い、各葬儀社もさまざまなサービスを展開している。
「メモリアルアートの大野屋」(東京都新宿区)が提案するのは、完全貸し切りの「リビング葬」。横浜市都筑区と東京都小平市に家族葬専用の「フューネラルリビング」を設け、自宅マンションのリビングルームのような感覚で最後のお別れの時間を過ごすことができる。
玄関風の入り口を入ると、スリッパに履き替えて上がる形式。「靴を脱ぐことで、くつろいで故人とご対面いただけると好評です」と同社。キッチン、浴室、和室の寝室などが完備され、葬儀までの時間を誰にも邪魔されずに語らうのに最適だ。棺の周囲はバラや胡蝶蘭、カーネーションなどの生花で飾ることもできる。自宅の感覚で、親戚や友人の弔問を受けることができる。
特色の一つは料理だ。もちろん仕出し風の通夜振る舞いを注文することもできるが、料理人が出張し、テーブルの横でステーキを焼いたりすしを握ったりというサービスもある。ワインセラーもあるので、おいしい食事をとりながら、故人の思い出を家族で語り合う貴重な時間を持つことができる。
天蓋つきベッド
一方、燦ホールディングスグループの「公益社」が提案するのは、家族葬専用の「ヴェール」。棺の上に天蓋が設けられ、そこからレースのヴェールが棺を包む。まるで天からやわらかな光が降り注いでいるかのようだ。
オリジナルの棺「ふわり」は、四方の板が半分の高さのところでパタンと外側に開くようになっており、故人がベッドで休んでいるかのような状態になる。ヴェールとあわせて天蓋つきのベッドになっているともいえる。
「ご高齢で車椅子を利用されているご遺族も、そのままの高さで故人と対面することができるので大変喜んでいただいています」と同社。
思い出の写真をスライド式に映し出す「メモリアルムービー」や「想い出パネル」などのサービスがあるほか、家族が一緒に休める安置室が設けられるなど配慮されている。
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別れの場兼ねた「最後のホテル」
いま首都圏を中心に問題になっているのが火葬場の「待ち日数」だ。亡くなる人は年々増え続けており、都市部では3、4日待ちはざらになっている。そこで注目されているのが、「待ち」をいかに過ごすかだ。
「死者のホテル」をご存じだろうか。待ち日数が長くなったことで、自宅での安置が難しいケースが多くなった。葬儀社や火葬場の霊安室など、自宅に代わる遺体安置場所は以前からあったが、単なる安置場所ではなく「お別れの場」としたい。そんなコンセプトで、遺体を安置しながら故人との面会やお別れの儀式もできる場のことだ。
新横浜駅から徒歩5分のオフィス街に建つ「ラステル新横浜」は家族葬中心の葬儀場であると同時に、故人に24時間いつでも会える安置施設になっている。ラステルというネーミングは、「ラスト(最後)のホテル」からつけられた。
「ご遺体がどんな環境に安置されているか、不安を口にするご遺族が多かったことから始めた事業です」と運営会社「ニチリョク」のラステル推進部長、横田直彦さんは話す。
部屋には2タイプがある。ひとつは20人の遺体を収容できる部屋の隣に「面会室」を設け、遺族らが面会を希望すると、電動式で棺が出てくるタイプ。もうひとつは7部屋ある8畳ほどの個室。中の棺が見えるようにした専用の保管設備が設置され、脇にソファもあって心ゆくまで故人と過ごすことができる。利用料は前者が1泊1万2000円、個室は2万2000円(いずれも税別)。
「待ち日数が長いために、ご遺族はいったん普段の仕事に戻り、仕事帰りに会いに寄るという使われ方が目立ちます」と横田さん。
葬儀の場も工夫した。キッチンやバス・トイレのあるマンションタイプの部屋で、自宅のような感覚で最後のお別れを行うことができる。
ニチリョクは横浜市内でもう1カ所、ラステルを運営。都内などでも適地があれば展開したい考えだ。「死者のホテル」のコンセプトを2010年に打ち出したNPOりすシステムの「りすセンター新木場」など、同様な施設の開設が各地で進んでいる。
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故人とともにゆかりの地を車で巡る
川崎市の葬儀社「花葬」は今年から、故人と家族らが1台の車で、故人ゆかりの地などを巡るサービス「故郷に帰ろう」を始めた。地方から出てきて川崎で暮らした故人が、最後に故郷に戻ったり、思い出の場所に行ったりすることを想定。その後、火葬する。
こんな事例があった。働きづめで旅行に行ったことがなかった母に、「せめて一度は旅行させたい」という20代女性の希望に応え、亡くなった母親と箱根旅行を実施。芦ノ湖畔で車をしばらく停めた。「ご遺族が、故人とのお別れに悔いが残らないように活用していただきたい」と大屋徹朗社長は話す。同乗できるのは2人まで。寝台車の利用料は川崎-大阪往復で約15万円、青森だと約20万円など。ほかに高速代と、宿泊した場合は宿泊料が必要となる。(『終活読本ソナエ』2018年夏号から、隔週掲載)