朝日新聞社問題に対する知財業界の反応はどうか。都内の中堅特許事務所の所長は「表現を間違ったというレベルの話か。非常に根の深い問題を感じる」と多大な影響力を持つ情報の生産者として朝日新聞社の説明と弁明は納得できないという。弁理士の場合、発明者に聴取して明細書を書き、特許事務所の所長は原稿を厳正にチェックする。新聞社なら記者と編集長の関係だ。明細書は発明技術を解説した権利書で、特許出願後に公開され永遠に特許庁や民間のデータベース(DB)に残り、場合によっては翻訳されて世界中の人々に閲覧される。特許は事業に活用され、利益を生む無形資産となる。
実は新聞記事は知財情報を構成するデータの一つだ。企業の知財部門は特許データだけを収集・解析しているわけではない。論文、企業の技報や製品案内、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の書き込みなどとともに新聞情報を収集する。大手電機メーカー系企業の知財情報担当者は「新聞の場合、一般情報の多い全国紙より地方紙、専門紙が重視される」としながら、「精査すると、記事DBのソースが即時ないし一定期間後にひそかに訂正または削除される場合がまれにある」と指摘する。では今回のような問題ではどうか。報道だけでなく「記録」「検証」という新聞社の役割から議論の余地があるのではないか。
日本中、世界中へ拡散した誤情報はどうなるのか。インターネット上の誤情報を追跡し訂正する技術はない。つまり毎日毎晩、誤情報を見つけては一つ一つ訂正をサイト管理者へ依頼するしか手がないのが実情だ。
ただ、さまざまな情報の解析手法を開発している研究者は「大スクープの定義は、大発明に似た点がある。従来の情報群の中で際立って特異な情報が突然出現する。それは誤報や問題記事の可能性もあり、検証の必要性がある記事の抽出は、現在でも十分可能だ」と話す。新聞各社の記事を解析し「主要な意見の間の位置関係や新聞社の持つ意見の傾向や方向性を把握し、情報として読者に提供できる」と可能性を示す。いずれ今回のような問題を防ぎ、解決できる技術が実現するかもしれない。
高度情報社会が到来したいま、朝日新聞社だけでなく各メディアも旧来の体質から脱却し、情報の信頼性を守るため、記録や検証を可能とする新たな仕組み作りが必要になっている。(知財情報&戦略システム 中岡浩)