なぜ不祥事で現場は出てこないのか 「自分事化」で企業の謝罪会見が変わる?

 
検査データに不適切な書き換えがあったとして開いた記者会見で頭を下げる、油圧機器大手「KYB」の中島康輔社長(右)=16日午後、東京・霞が関の国交省(松本健吾撮影)

 【ニッポンの謝罪道】油圧機器メーカーのKYBによる、免震・制振用装置の性能検査データ改ざん問題では、中島康輔会長兼社長を含む幹部が記者会見に登場し、頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。19日には施設名公表に伴う会見で、幹部社員が登場した。この時の状況については以下のように記述されている。

 《2時間の質疑に答えたが、影響が大きい病院やマンション、五輪施設、原発関連施設などはこの日は未公表で、幹部は「作業が手いっぱい」と言い訳に終始した。資料がなく改竄の有無が不明な建物も多く「恥ずかしながら申し訳ない」とも繰り返した》(SankeiBiz)

 白髪頭、いずれも高齢者による一斉お辞儀という謝罪会見の“様式美”が集約されたような会見だったが、「言い訳に終始した」という厳しい書かれ方はしているものの、潔く認めた点については、これからの対策ができるという面において一定の評価を与えても良いのではなかろうか。

◆当事者が出てくればより深い問題が分かる

 さて、こうした謝罪会見だが、「実際に改ざんをした人間」「改ざんの伝統を作った元社員」などはめったに登場しない。「責任は上司にある」というのは分かるものの、結局やらかしたのは現場であることが企業不祥事においては往々にして存在するのだ。

 責任者にとっては「現場の判断に委ねていた。第三者委員会の調査結果を待ち、これからは再発防止に努めたい」というのが毎度の定型句となっているが、実は大概の場合、これでは本当のことは明らかにならないのである。

 第三者委員会は作っても良い。だが、記者会見の場に、もちろん実現にあたってはプライバシーへの配慮など留意すべき問題もあるが、当事者たる現場の従業員が出てくれば、より深い問題が分かるのだ。

 たとえばこんなやり取りが交わされるかもしれない。

 記者 なんでデータを改ざんしたのですか?

 従業員 基準に適合しない数値が出たら、性能検査及び分解再調整に5時間もかかり、それをやっていると納期に間に合わないんです。本当に昨今の建設現場の予算締め付けと納期徹底の流れはマジ、ブラックっすよ! ウチは業界最大手ですが、ウチでさえこんな状態なのですから、他の会社も本当にキツいのではないでしょうか。

 もちろん、これは憶測で書いてはいるものの、ひょっとすると今回の改ざんにはこうした事情もあるだろう。こんなやり取りになれば、建設業界における構造的な問題に対してもメスを入れることができたかもしれないのだ。

◆遠い話のように思える上層部の会見

 さらにはこんな質問も現場の従業員には聞いてみたい。

 記者 なんで、こんなに常態化していたのでしょうか。誰か諫める人はいなかったのですか?

 従業員 まぁ、相次ぐ震災でも倒れなかったというのがあったので、多分大丈夫だろうというのは皆心の中で思っていたと思います。だからこそ、仮にウチの装置を使っている建物が倒壊したとしても、「地震が想定外の大きさだった」という言い訳だって言える、という妙な安心感がありました。どうせ倒れないんだろうから、無駄な作業を省くべくデータは改ざんしてもいいだろう、バレることはないだろうという空気があったんです。

 こちらも当然、質疑応答ともに仮定の話を書いたわけだが、こうした生々しい話が現場の従業員から出ることにより、この会見を見ている多くの人にとっては「自分事(ごと)化」ができる。謝罪会見というものは、基本的に組織の上層部のみが出てくるが、あの白髪頭の高齢者が並ぶ図というのは、現場からするとあまり「自分事化」ができないのである。

 「責任者を出せ!」という怒号が出ることは明らかなので責任者が出てくるのは当然のことだ。だが、上層部が「現場の判断で」やら「第三者委員会に委ねる」などと戸惑いながら言う姿は今現在組織の仕事のありように問題を抱えている現場の人間からすると、遠い話のように思えてしまう。

◆もし自分の顔が晒されたら…

 仮定の会見を先に挙げたが、あれを語っているのが35歳の係長、みたいな人間だった場合、途端に「自分事化」できるようになり、気が引き締まる思いになるのではなかろうか。

 「やべぇ、オレが今やっている不正もバレたらあそこに出てるのはオレだ……。明日、会社に行ったらこの不正をやめるよう部長に進言しよう。テレビで全国的に顔を晒されたら、息子が学校でいじめられてしまう……」なんてことになるかもしれない。

 謝罪会見の一つの目的は、「改善」をこれからはすることにある。そしてたまたま不祥事が明らかになった企業は他社の改善のためのスケープゴートになっている面もあるので、より効果を高めるには上層部だけでなく現場の社員も出る、という空気を作った方がいいかもしれない。

 「最近の若者は上昇志向がない」なんて批判する向きもあるが、「エラくなっても謝罪会見の時に出てくるだけでしょ? そんなの出たくないので出世はしたくない」なんて考えが蔓延しては社会全体にとっても損である。

【プロフィル】中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)

ネットニュース編集者
PRプランナー
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『謝罪大国ニッポン』『バカざんまい』など多数。

【ニッポンの謝罪道】はネットニュース編集者の中川淳一郎さんが、話題を呼んだ謝罪会見や企業の謝罪文などを「日本の謝罪道」に基づき評論するコラムです。更新は原則第4水曜日。

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