COP23 小島しょ国・フィジーが考え抜いた戦略を駆使
寄稿□WWFジャパン自然保護室次長・小西雅子
■議長国フィジーとドイツ開催
小さな島国の連合である小島しょ国連合は、海面上昇による国土の水没や、台風による洪水被害など、温暖化の影響に脆弱な国々の集まりです。その小島しょ国の1つ、フィジーがCOP23(国連気候変動枠組条約第23回締約国会議で初めて議長国を務めました。フィジーには大きな国際会議場がないため、条約事務局のあるドイツ・ボンでの開催となりました。
小島しょ国連合に属する国々は、多くが開発の最も遅れた後発開発途上国です。まだ電気もないような生活の中で、ほとんど温室効果ガスを排出しておらず、温暖化に対する責任が最もないにもかかわらず、温暖化の深刻な影響を受けてしまう、という悲しい現実を抱える国々です。
フィジー政府の報告によりますと、1993年以降、フィジーの海面は6mm上昇し、強大化した嵐に海岸が浸食され、すでに住めなくなった地域も出ています。海水が島の土壌に入り込んで塩化したことによって、農業にもダメージが及び、フィジーで最も人口が多いビティレブ島では、その被害額はGDP(国内総生産)の4%にも上ります。
気象の変化によるさまざまな被害も出ています。例えば、2011年には干ばつに起因する下痢症が発生し、2012年には洪水のあとに高熱などの症状が出るレプトスピラ症の蔓延に苦しみ、2013年にはデング熱が発生するなど、国民の健康に不安が広がっています。小島しょ国にとって、気候変動は現在進行形の脅威なのです。
COP23議長のフランク・バイニマラマ首相は「世界がこの時代の最大の脅威である気候変動に強い決意をもって行動しない限り、太平洋(に浮かぶ島しょ国)は破滅に向かう運命にある」と述べ、パリ協定の実施に向けたCOP23の進展を世界に向けて訴えました。
■小島しょ国の立ち位置
気候変動に関する国連の国際交渉はこれまで30年近く行われており、通常は米国や欧州連合(EU)、中国といった大国の意向が交渉の行方を左右します。その中で小島しょ国は懸命に温暖化の深刻さを訴えてきましたが、往々にしてその声は大国の利害の前にかき消されがちでした。
しかし、小島しょ国に対して、世界の市民社会や研究機関が専門的知見を提供し、交渉のための人材を提供するなどして支援しました。また、EUなど一部の先進的な国々が、小島しょ国とさまざまな思惑から同盟を結成するようになりました。小島しょ国連合は小さな国の集まりながら、気候変動の国際交渉で次第にその主張を反映できるようになりました。
それが端的に表れたのが、フィジーがドイツ政府の支援を受けながら、COP23の議長国を務めるまでになったことです。議長国になることには大きな意義があります。どの国も議長国の顔をつぶすことはしたくないからです。ましてや温暖化の被害に最も苦しむ国の1つであるフィジーの主張を無視することは、国際的な評価を落とすことにもつながるため、どの国も表向きは議長国を立てようとします。実際COP23を前にドイツで開催されたPreCOP(COP準備会合)では、各国がフィジーの主張に支持を表明しました。
■「促進的対話」を強く主張
フィジーがCOP23の議長国に立候補するまでには、考え抜いた戦略がありました。COP23の焦点は、なんといっても“パリ協定のルールづくりの進展”。しかし、フィジーがルールづくりと並行して力を入れているのが、「促進的対話」と呼ばれるパリ協定の各国目標を引き上げるための対話の準備です。
促進的対話は、2018年のCOP24に向け年間を通じて行われることになっています。そのため、今回のCOP23で促進的対話では何をするのか計画を立て、きちんと準備する必要がありました。促進的対話はフィジー(小島しょ国連合)と世界の市民社会が一致協力して、これまで強く主張してきた論点で、パリ協定に各国が提出している国別目標が、いわゆる“2℃目標”の達成には全く足らない状況を何とかしたいとの思いから始まっています。
2018年に建設的かつ創造的な国際的対話を促し、2020年までに再度目標を提出することが決まっています。各国が目標を引き上げるような促進的対話になることを期待しています。
そもそもパリ協定が、世界の平均気温の上昇幅を産業革命前に比べて2℃未満に抑えることを長期目標として掲げる中、「1.5℃に抑える努力をする」という一言を入れ込んだのも、小島しょ国連合の強い働きかけによるものでした。「2℃未満でも小島しょ国には耐えられない影響が出るため、気温上昇は1.5℃未満に抑えるべき」という強い主張を繰り広げ、COP21(パリ協定を採択)での交渉の最終局面で、EUやその他の有力国と同盟を結ぶことによって、自らの主張を通すことに成功しました。
さらに小島しょ国の要請で、2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)から、気温上昇を1.5℃未満に抑えることについて科学的研究報告書が出されることになっています。この1.5℃特別報告書の科学的な示唆を受けて、各国は目標の見直しを考えていくことになります。
このように、国連交渉で影響力の小さい小島しょ国が、さまざまな戦略を駆使し、パリ協定をより野心的な取り組みにするべく努力してきた集大成として、フィジーはCOP23の議長国として良い結果をまとめようとしたのです。
■“離脱宣言”米国の今後
COP23は、トランプ米大統領が今年6月にパリ協定からの離脱を宣言して初めて開かれるCOPでしたので、米国の動向にも関心が集まりました。離脱によってパリ協定が実効性を失ってしまうのではないか、といった声も聞かれますが、協定はすでに発効しているため、締約国である米国は、3年間は離脱できません。しかも離脱を通告後1年後にしか脱退できないので、トランプ大統領の少なくとも第1期任期期間の4年間は離脱できないのです。
その米国は引き続きCOPに参加し、パリ協定のルールづくりに関与すると言っています。米国では4年後に大統領選挙がありますので、次の大統領次第で方針が変わることもあるでしょう。米国でも、ハリケーンや乾燥による山火事などで大きな被害が出ています。気候変動問題を無視し続けることは、どの国にとっても賢明な選択ではありません。
結局、米国と内戦状態のシリアを除き、ほとんど全ての国々はパリ協定の実施に向けて真摯にCOPに参加しています。この連載はCOP23終了前に書いていますので、いい結果を期待したいと思います。議長国となるまでに努力したフィジー・小島しょ国連合の願いが大きくかなえられることを祈っています。
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【プロフィル】小西雅子
昭和女子大学特命教授。日本気象予報士会副会長。ハーバード大修士。民放を経て、2005年から温暖化とエネルギー政策提言に従事。
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