今年の流行語候補、関係者らの本音 「モヤモヤする」「やっぱりか」…複雑な胸中明かす
「ユーキャン新語・流行語大賞2017」のノミネート語30が発表され、あとは発表を待つばかりとなったが、ノミネートされた言葉の関係者は「トップ10」に入り授賞式に呼ばれることも見越し、どんな準備をしているのか。「捕らぬ狸の皮算用」になる可能性もあるわけだが、準備をしておくに越したことはない。本年度、ノミネートされた「睡眠負債」「働き方改革」「ワンオペ育児」に関連する書籍の関係者に話を聞いた。
その前に、そもそもトップ10はどう決まるのか。イメージとしては、最後の最後まで選考委員が検討を重ね苦渋の決断で「この10個ですね……いやぁ、難儀しました……」とやっているとお考えかもしれない。その側面も当然あるだろうが、それとは別に「授賞式に誰かが参加できる言葉であるか?」という点も重要なのである。
◆トップ10選出の裏側「会場に来れるなら受賞確定させる」
2005年、「ブログ」でトップ10を取ったのは人気ブログ「実録鬼嫁日記」の著者・カズマ氏だが、同ブログは書籍化されていた。書籍の関係者・A氏が当時の様子を振り返る。この年のノミネートで鬼嫁日記と関係した言葉には「鬼嫁」「ブログ」が入っていた。A氏は競合があるとすればネット関連と考えていたが、そのジャンルには他に「ホリエモン」「ネット心中」「電車男」があった。
「11月中のどこかに私のところに電話で連絡がありました。まず、『ブログ』は『電車男』と競合で『会場に来れる方を採用する』と言われました。ただ、受賞したキーワードは聞かされていませんでした。電話口で『カズマさんが来るといえば、この場で受賞を確定させる』と言われ、カズマさんの予定を確認せずに私は『出席』と勝手に言いました(笑)。そこで受賞は決定したわけですが、カズマさんが受賞するということで、『鬼嫁』だと思っていましたが、ふたを開けたら『ブログ』でした。この件については授賞式が終わるまで一切口外してはいけないという話だったと思います」(A氏)
言葉だけあっても受賞者がいなければ場が締まらない。そのため、「この言葉が選ばれているのに、なんでこっちが選ばれていないの?」というものがあれば、実は受賞対象者が拒否したかスケジュールが合わず、次点の候補だった同ジャンルの言葉を選ぶということもあるのだ。
◆「睡眠負債」ノミネートに関係者は…
こうした前提をあげたうえで、まずは「睡眠負債」から。これは、人生において睡眠の不足時間が「負債」のように積み重なり、パフォーマンスが低下するだけでなく生活習慣病、癌や、認知症等様々な疾患に繋がる恐れがあると解明されたもの。6月にNHKスペシャルで『睡眠負債が危ない ~“ちょっと寝不足”が命を縮める~』と題して放送され、話題となった。同番組に出演し、30万部超のベストセラー『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)著者でスタンフォード大学教授の西野精治氏はこう語る。
「私達は人々に不安を煽るために、この言葉を提唱したのではなく、国民が睡眠管理により健康になってほしいと希望を込めて提唱しました。このためには、人々が睡眠衛生に関心を持つのはもちろんですが、いかに睡眠を削らないようにするためには、自他共に、働き方、時間の使い方を再考する必要があると思っています。
日本人は他人のモノは取りませんが、平気で他人の時間を奪います。これを改善しないうちは、個々の個人で充分な睡眠時間の確保は難しいと思います。私が睡眠本で提唱した、『睡眠の質をあげ、睡眠負債を減らす』というのは苦肉の策であり、根本解決にはなりません。働き方、時間の使い方の改革により、余った時間は睡眠も含め、個人が好きな事に使えば良いと思っています。そうすることにより、国民全体が豊かで健康になると思います」(西野氏)
そのうえで、これまで「睡眠不足」では危機感が伝わらず、「睡眠負債」で危機感が伝わった理由をこう語る。
「責任感が増し、仕事の負荷が増える40代からの働き盛りの人達には言葉の響きに共感され、このままでは破綻するのではという危機感が広がったのではないでしょうか」
ならば、「睡眠負債」と関係した企業はこのノミネートに前のめりになっているのかも聞いた。西野氏と関係の深い寝具メーカー・エアウィーヴの広報担当者にキャンペーンの実施や販促強化などについて聞くと控えめな答えが来た。
「当社が睡眠研究をお願いしているスタンフォード大の西野教授が提唱しはじめた概念だけに、その概念が広がり、睡眠の重要性に注目が集まったのは喜ばしいことです。しかし、トップ10を取れたわけでもないですし、ノミネートの段階で騒ぐのは、取れなかった場合のことを考えるとカッコ悪いので特にまだ何も考えておりません。ただ、睡眠負債については弊社も取り組んでいたので、ノミネートしていただいただけでも充分にありがたいことです」
◆「働き方改革は茶番だと言い続けて…」 識者の本音
上に挙げた「睡眠負債」について、西野氏は日本人の働き方にも影響を与えるからこそ、注目を浴びたと述べた。ならば、その根幹である「働き方改革」の関係者はどうか。『「働き方改革」の不都合な真実』(イースト・プレス)著者の常見陽平氏(おおたとしまさ氏との共著)はどう思うか。常見氏は新語・流行語大賞のノミネート語のベースとなっている『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の一著者でもある。
「今回、私が『現代用語の基礎知識』で執筆を担当した『働き方事情』のページから3つノミネートされており(他は「プレミアムフライデー」と「人生100年時代」)、そちらの感動の方が大きいですね。それだけ2017年は『働き方』が話題となった年だったと思います。もっとも、私は特に『働き方改革』や『プレミアムフライデー』に関しては、その茶番というか、問題点を指摘し続けてきており。みんながこれを素晴らしいと感じたからではなく、モヤモヤしているからノミネートされたのではないかと思っていますし、むしろその方がまともだと考えています。『働き方改革』や『プレミアムフライデー』がもし受賞した場合、それによってこれらが『上手くいっていることになっている』とされた場合は、嫌だなあと思います」
今回のノミネートで常見氏と版元は何らかの準備はしているのだろうか?
「取り急ぎ、キーワードが入ったことは、関連した書籍の編集者には伝えました。僕が受賞者だろうと、無かろうと、書籍には注目が集まると信じています」(常見氏)
◆「ワンオペ育児」ノミネートに関係者苦笑
そして、3つ目は仕事・育児・家事を一人でまわすことを意味する「ワンオペ育児」だが、『育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ』(浜屋祐子・中原淳著/光文社新書)編集者の樋口健氏も西野氏、常見氏と同様にノミネートされた言葉が広がった状態こそ良くないと認識しているようだ。
「できれば『ワンオペ育児』が流行語にならない世の中になってほしいです。ただ、社会における育児・保育の現状を知ってもらうには、良いきっかけになるかもしれません。去年は『保育園落ちた日本死ね』がトップテンに入っていましたが、そういう強い言葉、キツい言葉ばかりがもてはやされることがイヤで、本書のサブタイトルに『チーム育児』という言葉をきちんと入れた経緯もあります。
販促や書店にはまだ特に営業強化等の連絡はしていません。著者のお二人とは、いまだにしつこく販促やPRを続けているので、逐一連絡を取っています。『ワンオペ育児』がノミネートされたときも、すぐに皆でメールで連絡を取り合い『やっぱり流行語になっちゃうのかな~』と一同苦笑していました。なお、東洋経済オンラインに11月25日公開予定で、「『ワンオペ育児』は流行語でおしまいではない」(仮)という記事を準備しています。著者のお二人と、ライフネット生命創業者・出口治明さんの鼎談です。流行語大賞に入ることを見越して、東洋経済オンラインさんに提案した企画です」
◆「インスタ蝿」でいいじゃないか
年末の風物詩となった「新語・流行語大賞」だが、その言葉に関係した人はこのように、自分達の活動が社会に認知されたという感慨は持ちつつも、ネガティブな言葉のな場合は決してそれが流行することがめでたいことではない、という複雑な感情を抱いていることが読み解けた。また、「ノミネートされた、万歳!」と突如販促に熱心に勤しむことにも控え目な様子が今回の3者からは感じられた。「準備はしていますが……」といったところか。
ちなみに今年は「インスタ映え」という言葉もノミネートされたが、43歳にしてナイトプールで「インスタ映え」を狙い、結果「ナイトプールは若者(特に女性)のもの」という結果になり打ちひしがれた経験を持つ前出・常見氏はネット用語の一つでもある「インスタ蝿」でいいじゃないかと述べた。
その真意については「インスタ映えなんて、他人の視点を気にしていたらダメ。とことん、自己満足で自分が良いと思った画像を撒き散らす。空気なんて読まない。これがインスタ蝿の論理です(笑)」とのこと。ネット用語で言うところの「インスタ蝿」は「インスタ映えのために話題のスポットや食べ物に群がる人々」を揶揄する言葉だが、常見氏は別視点の解釈で自身を「インスタ蝿」と呼んでいる。さて、トップ10と大賞の発表は12月1日だ。
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