なぜWBC選手は“埼玉製”を愛用するのか? 野球用品から見た「小が大に勝つ」手法

提供:PRESIDENT Online
ベルガード製のアームガードを愛用するシアトル・マリナーズのネルソン・クルーズ選手

 「WBC」(ワールド・ベースボール・クラシック)が始まった。大会の試合や一流選手の動向は多くのメディアが報道するが、選手が使う野球用品を報じることはほとんどない。日本の野球市場では「ミズノ」「ゼット」「アシックス」「SSK」の国内メーカーが知られている。

 だが、捕手が着けるマスク、プロテクター、レガースや、打者が手足につけるアームガードやフットガードという「防具」に定評があるのが、「ベルガード」という従業員数1ケタの日本企業だ。有名選手も使い、WBC出場予定のドミニカ共和国代表のロビンソン・カノ、ネルソン・クルーズ両選手(ともに大リーグ、シアトル・マリナーズ所属)も愛用する。

 なぜ、小さなメーカーが大手に伍して戦えるのか。今回は「小が大に勝つ」手法として、同社の活動を考察してみたい。

 ■大手に勝つ●その1「有名選手が納得して愛用」

 「先日も、カノ選手とクルーズ選手からWBCで使うドミニカ代表用防具の製作依頼が来ました。当初は大リーグ試合用の防具を使うのだと思っていましたが、同大会に向けた特別仕様の防具を使いたいようです」

 防具を製作するベルガードファクトリージャパン株式会社(本社:埼玉県越谷市)社長の永井和人氏はこう語る。同社の防具は日本製で、職人が手づくりで選手個人の使い勝手を調整する。基本デザインはあるが、要望に応じて防具表面にさまざまなデザインも施す。WBCでは米国、カナダ、キューバ、韓国、オランダの各代表選手に防具を提供し、韓国の防具には国旗も入れるという。

 こうしたきめ細やかな対応が選手に好評だ。たとえば大リーグ通算12年で2210安打・278本塁打・通算打率3割7厘のカノ選手クラスになると、大手メーカーが巨額の契約金で専属契約を結び、用具の無償提供も含めて広告塔とするのが一般的。一流選手は、グローブ、バット、トレーニングウエア、防具など、それぞれの別のメーカーと契約を結ぶことも多い。

 だが大手とは異なり、有名選手に契約金を支払わない同社では、用具の無償提供のみを行う。それでも選手本人が納得して使い、気に入ると追加で製作依頼が来て、他の大リーガーからも依頼が来る。こうして知名度や評価が高まると、マイナーリーグの選手やアマチュア選手からの注文が増え、有料での販売個数が拡大するというビジネスモデルだ。「最近はインスタグラムでも発信し、大リーガー本人や代理人からの依頼が増えました。総じて外国人選手は気に入ると、野球少年のように喜んでくれます」(永井氏)。

 ■大手に勝つ●その2「商品を絞り、強みを深掘り」

 また、永井氏は自社商品の特徴を次のように語る。

 「当社が手がける野球用品は、主力の防具以外に、グローブ・ミットが中心です。バットやスパイクなども手がけますが、大手メーカーのように幅広い商品を扱う気はなく、自社の得意分野に絞っており、丁寧な製作を心がけています」

 実は、永井氏はかつて前身となるベルガード株式会社の社員だった。1935年に創業したベルガードは、当初はボールを製造していたが、業界内での評価を高めたのが防具。国内外の大手メーカー防具のOEM(相手先ブランドに合わせた商品供給)を積極的に担い、一時は日本国内のプロ野球捕手が使う防具の多くは同社製だったという。2000年代以降は韓国プロ野球にも進出。当地では防具・グローブメーカーとしての存在感を増していた。

 それが、永井氏が勤続30年を迎えた2012年に会社が倒産。同氏が商標を引き継ぎ、孤軍奮闘して4カ月後に再スタートさせた。元同僚だった熟練職人も雇用したため技術力は失われなかった。一度倒産しOEM契約が終了したことも結果的に追い風となる。ベルガードにOEMで防具を注文していた大手メーカーは、自社の技術ではなかったため、防具市場の開拓に興味があっても、現状では同分野を強化することができない。かつて警備関連企業・団体向けにも納入した防具技術が新会社に活かされており、会社設立以来、増収増益が続く。

 ■大手に勝つ●その3「審判用・女性用にも活路」

 同社が手がける商品のうち、需要が高いものの1つに審判用防具がある。昔の審判はユニホームの上から防具を着ていたが、現在はマスク以外の防具はユニホームの下に着用する。

 「防具を内部に着ける審判は一段と汗をかくので、装着時の快適性も高めています。審判用マスクも、顔に触れるパッド部分に吸水布加工を施した商品もある。マスクを装着したまま、ストライクやボールといった発声がしやすいように形状も工夫。審判用にきめ細かく対応するメーカーはないので、競合との差別化にもつながっています」(同)

 また、女性用の野球用品も大手が注力しない分野だ。ベルガードのグローブやミットはオーダーメイドで製作できるので、ハートをあしらったグローブやヒョウ柄など派手なグローブを注文する選手もいる。一つひとつの注文に真摯に応えることで、アマチュア選手も含めた女性客を地道に増やしている。

 ■大手に勝つ●その4「ネットを駆使して海外展開」

 昭和時代には男性が親しむスポーツの絶対的王者だった野球も、厳しい時代を迎えている。少年の選手登録数はサッカーに逆転されており、草野球を楽しむ大人も少なくなった。実は、国内における総人口減少の数倍の早さで「野球競技人口の減少」が進んでいる。

 ベルガードは前述の国内市場を開拓する一方で、海外展開にも注力する。冒頭のインスタグラムのようなソーシャルネットワーキング(SNS)はコストもほとんどかからず、非常に効果的だという。昨秋には提携先のBelgard baseball USA に委託して米国内での販売もスタートさせた。以前から注力してきた韓国では現地企業と販売契約し、韓国における事業拡大も図る。いわば「今日のメシ」(国内)と「明日のメシ」(海外)の二刀流だ。

 利益確保の視点では、インターネットによって商品カタログなどの製作コストも下がった。前身の会社が羽振りのいい時は、球場を借りてモデルを使って商品撮影したこともあったという。それが現在は、社内でブツ撮り(商品撮影)し、自分たちで内容を構成して印刷したり、ネットで発信したりする。宣伝コストは多い時の1%程度に下がったそうだ。

 もちろん同社の生命線はモノづくりだ。永井氏は「これからも大手企業が注力できない分野で勝負したい。メイド・イン・ジャパンの品質では負けない自信があります」と語った。同社の活動は「思い込みを捨てる」「ビジネス環境の変化の波に乗る」といった視点でも参考になりそうだ。

 (高井尚之=文)