「中国人や韓国人ばかりで外国みたい…」 大阪インバウンド争奪戦の明暗
韓国や中国からのインバウンド(訪日外国人)でにぎわう大阪。中国人客による家電やブランド品の「爆買い」はピークを過ぎたといわれる一方、道頓堀クルーズやカラオケなど、大阪や日本ならではの体験やサービスを楽しもうとする観光へのシフトが顕著になっている。絶好の商機を逃すまいと、観光地やレジャー施設はあの手この手で取り込みに躍起。“争奪戦”の結果、「遊びに行ったら中国人や韓国人ばかりで外国みたいだった」と違和感を覚える日本人客も増えているが、インバウンド狂想曲は高らかに鳴り響き続けているようだ。(井上浩平)
クルーズの大半は韓国人
「日本人はオンリーツーピーポーですね」
8月18日午後7時すぎ、大阪・ミナミの道頓堀川を航行するクルーズ船上で、ガイドの土井祐香さん(21)がマイクで話すと外国人客からどっと笑いが起きる。約70人の乗客に「どこから来ましたか?」と尋ねたところ、約40人が韓国で、他に中国や台湾などが挙がった。「日本人だ」と答えたのは2人だけだったのだ。
土井さんは「会社から『案内で日本語は必ずしゃべって』と言われているけど、お客さんはアジア系の外国人ばかり。普段は韓国人客が8~9割なので今日は少ないほう」と話す。
一本松海運(大阪市北区)が運営する「とんぼりリバークルーズ」は、道頓堀川を約20分かけて遊覧船で楽しむ。「水の都・大阪らしい観光を」と、日本人観光客をターゲットとして平成17年8月に就航した。
当初は集客に苦戦し、1日の乗客が50人以下ということも珍しくなかった。しかし、外国人観光客の増加と歩調を合わせるように激増。年間乗客数は23年度が約7500人だったが、翌年度以降は約3万3千人、約8万人と増え続け、昨年は4~12月の9カ月間だけで約16万8千人を記録した。乗客の大半は外国人という。
同社営業部の鈴木麻希係長(41)は「グリコの看板など大阪らしい景観が受けているようですが、正直なところ、それほど見所のない川で船に乗るという単純な観光。外国人客が増えるに連れて押し出されるように日本人客は減っている。それでもインバウンドはありがたいし、ぜひ取り込みたい」と力を込める。
“外国人専用”パス効果
インバウンドの集客に大きな成果を挙げているのが、大阪観光局が発行する「大阪周遊パス」だ。
大阪市内で電車やバスが乗り放題になるため外国人客に好評で、パスを提示すれば同クルーズや大阪城天守閣、通天閣などの利用や入場が無料となる。
観光局によると、パスは13年、同市此花区のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」の開業に合わせて発行を開始。USJ以外の観光施設にも足を運んでもらうことを狙い、当初はパスポートを見せて購入する外国人専用のチケットだった。
26年から日本人も買えるようになったものの、購入者の85%が外国人といい、国別では韓国に続いて台湾、中国が多い。海外で大阪を紹介するCMを放送したり、旅行業者への売り込みを強化したりした結果、年間の販売枚数は24年度が約20万枚だったが、昨年度は約91万枚まで増えた。
担当者は「アベノミクスの入国ビザの要件緩和も追い風となり、販売数は毎年倍々ゲームで増えている。かなりの特典が付いたチケットなので、“お得な情報”に敏感な韓国人客らが、インターネット上で存在を広めてくれた口コミ効果も大きい」と分析する。
カラオケ店にも殺到
外国人客であふれる大阪では、「より日本らしい観光を楽しみたい」と意外な場所が人気を集めている。
「韓国語や中国語の曲が歌えるかどうか、アジア系の外国人客から尋ねられることが今年に入って非常に多くなった」。ジャンボカラオケ広場心斎橋店(同市中央区)の砂森康店長(27)は明かす。
ツアーではなく、個人旅行とみられる4~8人の家族連れが1~2時間利用するケースが多く、周辺のドラッグストアで買い占めたとみられる目薬やダイエット用のサプリメントなどを大量に詰めた袋を持ち込んでいるという。
砂森店長は「選曲用のリモコンもインバウンド向けで、文字をハングルなどで表示できるので戸惑わずに操作できる。何の曲を歌っているのか分からないが、日本人と同じように楽しんでいるようだ」と語る。
積極的に外国人客を呼び込もうと、店の入り口に日本語、韓国語、中国語を並記した利用料金やシステムのポスターを掲示。街歩きに疲れた客を意識して、「ドリンクは無料で、休憩スペースとしても使えます」とアピールしている。
同店を運営する東愛産業(京都市中京区)営業企画チームによると、韓国にもカラオケはあるが、著作権の整備が遅れていることもあり、気軽に歌える場所は少ない。中国ではセクシーな女性コンパニオンと楽しむ「夜の娯楽」のイメージが強く、家族で入店できる日本の店舗にカルチャーショックを受けているようだという。
一時期、特に中国人客はごみのポイ捨てやトイレの利用マナーの悪さが問題視されただけに、トラブルが気になるところだ。同チームの島ノ江雄一さん(41)は「私が道頓堀の店舗にいた8年前は確かにひどかった。床にタンを吐き散らしたり、部屋中にごみを落としたり…」と振り返る一方、最近の傾向をこう言い切る。
「日本のマナーや文化を知っていただいたのか、問題行動はない」
競艇場も熱視線、でも…
インバウンドで大きな恩恵を受けている観光・商業施設は多いが、そのことを大きな声で明かしたがらない施設もある。
ミナミの商店街のように、外国人客が増える一方で、居心地の悪さを感じて日本人客の足が遠のくケースが珍しくないのだ。ある観光施設の入場者は「言葉を聞くと韓国人や中国人ばかり。向こうでは普通なのだろうけど大声で話していて怖い。まるで外国の施設に来たみたい」とあきれ顔だった。
過度なサービスを「外国人優遇」と批判する意見も増えているようだ。
日本人客へのイメージを気にするあまり、市内の百貨店には「インバウンド関係の取材はお断り」と明言する関係者もいる。
日本人客のイメージ悪化に気をもみながらも、集客が命である観光・レジャー業界はやはりインバウンドに視線を注がざるを得ない。ただ、絶好の商機に乗り切れていないところもあり、その一つが住之江競艇場(大阪市住之江区)だ。
ファンの高齢化もあり、客の新規開拓の一環で外国人客に目を付けた。約5年前、近くの大阪南港に接岸する中国などからの大型客船のツアー客を呼び込もうと船内でのPRを企画したが、旅行会社から「法律の問題などで難しい」と断られた。
日本で誕生した競艇の独特なルールを理解してもらおうと、中国語や韓国語のパンフレットを作成したが、きっかけがないのに競艇場に立ち寄る外国人客はおらず、今ひとつ反応がなかったという。
同競艇場でレースを開催する箕面市競艇事業局の平田信夫参事(57)は「中国人の富裕層は香港などでカジノを楽しむが、基本的には日本のようなギャンブル文化はないことが分かった。直接、外国人客を呼ぶことはあきらめるしかなかった」と振り返る。
「在日」へのアピール作戦
同競艇場では従来とは違うアプローチをかけようと、今年1~7月に在日中国人に競艇を体験してもらうイベントを実施した。
平田参事は「中国人は同胞とのつながりが強い。体験した在日中国人から中国本土の中国人の友人らに、競艇の楽しさを発信してもらう作戦。すぐに効果はないかもしれないが、日本を訪れたときに『競艇に行ってみようか』となるかもしれない」と笑う。
イベントは華僑らが読む新聞に案内の広告を掲載し、毎回50人ほどが参加。中華料理と酒を楽しみながらレースに賭け、「至れり尽くせりで新鮮な体験だった」などと好意的な感想が寄せられている。
平田参事は「増え続ける外国人客を指をくわえて見過ごすのはもったいない。他の観光施設のように足を運んでもらえるよう息長く取り組みを続けたい」と話していた。
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