「人工知能」が普及すると腑抜けになる人間が出てくるか?

提供:PRESIDENT Online
将棋を指すデンソーの人工知能ロボット。(写真=Rodrigo Reyes Marin/AFLO)

 カウンセリングは人間より人工知能がいい?

 脳が簡単にやっていることを、プログラミングを組み、人工知能で実行しようとすると困難にぶち当たる。改めて「人間の脳はよくできている」と認識させられます。一方、私はいま生物の腸を使った人工知能を研究しています。つまり、人工知能は高度なコンピュータ技術を使わなくても作れる、身近な存在になっているともいえます。

 米・グーグル社の次世代技術の開発を行う機関、「グーグルX(エックス)」の創設者であるセバスチャン・スラン氏が言う通り、医師と患者の間では引き続き人間同士の交流が求められることは否定しません。しかし、カウンセリングにおける人工知能利用の試みは、1960年代から始まっています。現在アメリカでは、受診者に「人間の医師にしますか、人工知能にしますか」と尋ねると、人工知能を選択する人が少なくありません。

 受診者によっては「忙しい先生を私のために拘束するわけにいかない」という遠慮が生じたり、医師がイライラする表情が気になる人もいるからです。これに対し、人工知能なら何時間でも真剣に付き合ってくれます。また、「人に対してプライベートを打ち明けたくない」と考える人も、人工知能になら素直に話せるといいます。

 カウンセリングに限らないことですが、世界のどこかの人工知能が成長すれば、ほかの人工知能もその成長を共有できるというスラン氏の見解は、人工知能のすごさをズバリと突いています。それを人間がうまく活用できれば、たとえば医師のクオリティもかなり均等になるはずです。「あそこの病院へ行かなければこの病気は治らない」というケースも、近所の病院で解決するようになるかもしれません。

 人工知能同士が互いを調教して高め合うという事例は身近なところでも起きています。広く知られているのが将棋。人間から学ぶことがなくなった人工知能同士が戦ったら、人間が全然手の届かないところまでいってしまいました。プロの棋士は、この人工知能同士の対戦を見て勉強していると言われているほどです。

 人工知能が普及すると人間はダメになるか?

 自動車の自動運転については、世の中に一つのメーカーしかないという前提であれば、事故はほぼ起きないところまできています。しかし、現実には複数のメーカーがあり、共存する中での安全性をどう探るかは難しい問題です。

 また、人工知能による自動運転車は「ミスをしてはいけない」という強烈な制約があるから超安全運転にならざるをえません。その制約のせいで、たとえば、人工知能が運転する車に人間が運転する車がぶつかるといった事態は十分に考えられるわけです。

 ただ、スラン氏が言うように、要求に応じた無人運転車を利用できるようになれば、たしかに道路や駐車場といった資源を有効に活用できるようになります。人工知能が上手に道を選んで運転するようになるといらない道路が浮き彫りになり、狭い東京の地面も、もっと有効利用できるようになるでしょう。

 問題となるのは、人間が人工知能のミスに対しどれだけ寛容になれるかということです。人間社会でも、ある分野において一流と呼ばれるようになるには、その分野におけるありとあらゆる失敗が欠かせません。失敗は改善点を見いだす効果的な学習機会だからです。

 しかし、もし人工知能が死亡事故を起こしたら? 仮に人間が運転するより事故の確率が10分の1になっていたとしても、「人工知能なんてけしからん!」などと、世間の風当たりが強くなるかもしれません。

 ところで、最近になってわかったことがあります。それは、古典的な人工知能でも教育の仕方によっては、手書き文字を判別し、文字を書けるようになるばかりか、新しい文字を創造することすらできるようになるということ。つまり、まるでディープラーニングのような能力を発揮できるのです。

 人工知能を備えた家電などが普及すると、やることがなくなり、腑抜けになる人間が出てくるのではないか、と危惧する人もいるかもしれません。しかし、人間を含む多くの動物は、基本的に動くことを好みます。

 たとえば、マウスを使った実験。皿に入れた餌と、レバーを押したら出てくる餌、両方を与えると、レバーの餌を選ぶマウスのほうが多かったのです。便利な家電を使うことで時間ができたら、人間はその時間でほかの何かをやろうとするのです。私は、そんな未来を楽観的にとらえていいと思いますよ。

 池谷裕二 東京大学薬学部教授。薬学博士。脳がどのように脳自身を変化させるかについて探求を続ける、脳研究者。『海馬-脳は疲れない』『脳には妙なクセがある』など著書多数。最新刊に『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』。

 (小澤啓司=構成 小倉和徳(池谷氏)=撮影 Rodrigo Reyes Marin/AFLO(電王戦)=写真)