インクの香りが漂う店内に、ぎゅうぎゅうに詰められたボールペン、ノート、付箋…。東京都小金井市にある文具屋「日進堂文具店」が12月、創業70年を迎える。新型コロナウイルス禍やインターネット通販の普及による売り上げ減少という逆境にもくじけず、街の文具屋として地域の需要に丁寧に応え続けている。
JR武蔵小金井駅から徒歩1分。再開発が進む駅周辺で、どこか懐かしい雰囲気を保っているのが昭和26年創業の日進堂文具店だ。17坪の店内には文房具や事務用品がずらりと並び、事業者向けの領収書の冊子だけでも20種類を超す。今では珍しくなった書類をつづるための「こより」や、袖汚れを防ぐ「アームカバー」も用意している。
「今じゃ、こんなのなかなか見ないでしょう。売れ筋の商品だけ置いていては、街の文具屋とは名乗れないからね」
店主の尾島勉さん(57)は冗談交じりにこう語る。
店に訪れる客が求める商品は多種多様で、一筋縄にはいかない探し物も少なくない。「ちょうどいいサイズで、書きやすいペンが欲しいの」「B5判を収められる外装が紙のバインダーってないかな」
そんな声が上がる度に、勉さんや妻の聖子さん(48)が客と肩を並べて探すのが、地元ではおなじみの光景だ。店の常連という女性(70)は「大型店に行っても、どこに何があるのか分からない。この店は一緒に欲しいものを探してくれるからありがたい」と話す。
同店は勉さんの父、東吉さんがこの地で創業した。当初は文房具だけでなくせっけんやトイレットペーパーなど日用品も扱っていたが、駅前に他の店舗が充実するにつれて徐々に文具屋に特化していったという。
大学卒業後、アパレル会社を経て、店を手伝い始めた勉さん。平成29年に東吉さんが亡くなると2代目に就き、聖子さんと二人三脚で店を切り盛りしてきた。
コロナ禍に伴う学校の休校や、テレワークの広がりで文房具が使われる機会は減り、昨年の店の売り上げは前年比約3割減となった。総務省の統計では家計における文房具の支出は減少傾向にあり、業界を取り巻く環境も厳しさを増す。
それでも、勉さんは「街の文具屋だからこそ提供できる商品やサービスがあると信じている。地域に必要とされる限り、力尽きるまで店を続けたい」と力を込めた。(竹之内秀介)