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「1年で30万本販売」文具女子の間で今、飛ぶように売れている“エモい”ペンの正体 (2/2ページ)

 ■デジタル化の波の中での発想の転換

 その後、日本でも2000年代半ばごろから「スクラップブッキング」に似たブームが上陸。プロジェクトチームの読みは見事に当たり、関連商材も好調な売り上げを記録しました。

 さらに2011年、日本を襲った東日本大震災が、人々の心に「写真という人生の思い出を大切にしなければ」との感情を想起させました。

 津波で家族のアルバムが流されるといったシーンがあちこちで起こり、「写真を大切に保存しなければ」と感じた方も多かった。

 私が当時インタビューした方々は、「家族みんなで寄せ書きを書いたアルバムを、銀行の貸金庫に入れました」や、「紙焼き写真をスキャンして、そのデータを北海道と九州にいる兄弟に預かってもらいました」などと聞かせてくれました。

 家族との大切な思い出を、写真や手書きで残したい……、ところがちょうどこの後、写真や文具業界にとって「逆風」とも言える動きが起こります。それが2011~13年にかけて急速に普及した、スマートフォンとSNS。

 一般に、スマホはガラケーに比べ、撮影した画像の解像度が高いうえ、SNSにも瞬時にアップできる。さらにLINEの普及(おもに12年とされる)もあり、紙焼き写真や「紙に書く」文化や市場は、縮小傾向を見せ始めます。

 時代は完全に、「アナログからデジタルへ」。ですが呉竹は、ここで諦めませんでした。いち早く市場の縮小を感じ取り、「ならば文具という『モノ』だけでなく、モノを通じて体験できる『コト』を売っていこう、と発想を切り替えたのです」と佐藤さん。

 ■蛍光筆ぺんづくり体験が人気に

 2015年開催のホビーショーでは、「蛍光筆ぺんづくり体験」という斬新な企画を考案。同会場でユーザーに好きなインクの色を選んでもらい、ペン本体に入れる「中綿」がインクを吸い上げる様子を、直接見て試してもらうことに。

 すると、「面白い」「もっとやってみたい」との声が次々と寄せられ、「私たちの社内でも、イベント時だけでなく店頭やご自宅で、もっと手軽に手作りの魅力を体験してもらえるペンを作れないか、との思いが高まりました」(佐藤さん)。

 ■出店ブースに大行列

 ちなみに、現在市販されているペンでは「直液式」と「中綿式」が人気ですが、後者は内蔵された中綿がインクを含んでいて、ペン先を紙などの面に当てることで筆記できるタイプ。

 まさにこの構造が、「からっぽペン」の開発を可能にしました。ユーザーみずからが中綿に好きなインクの色を吸わせれば、原理的にはオリジナルのペンを作ることができるわけです。

 そして2019年12月、先の「文具女子博2019」を迎えます。開催4日間で約4万人を集客したビッグイベントで、呉竹の出品ブースに訪れた女性たちが「こんな面白いペンがあるよ」などと、「#インク沼」や「#文具女子」とのハッシュタグ付きで呟くと、2日目からはブースの前に大行列ができました。

 ■「インクが使いきれない」と悩む“インク沼”の住人たち

 「彼女たちに話を聞くと、既にインク自体を結構な数持っていて『使いきれない』と悩んでいるケースが多いことが分かりました。一方で、買い物風景を見ると、地域限定のオシャレなパッケージのインクや、特殊な名称のインクなどを、どんどん買い物カゴに入れていく。まさに“インク沼”な様子が、明らかになったのです」(佐藤さん)

 こうしたニーズの把握によって、「イケる」と確信した呉竹は、その後、中綿(綿芯)の芯の素材や形を改良したり、栓の役目を果たす尾栓の形を工夫したりすることで、より手作りしやすい「からっぽペン」の実現に注力。

 その結果、20年3月の正式発売へとつながったのです。

 ■なぜ手間ひまのかかる商品にハマるのか

 私も「からっぽペン」を入手し、「世界に一つだけのペン」を作ってみました。綿芯に吸わせる「ink-caf?」ブランドのインクは全5色で、それぞれの色を「1対3対2」など、好みで混ぜることも可能。少しずつ調合して自分好みの色に近づいていく過程は、料理しながら調味料を足していくときのように、ドキドキワクワクするひとときです。

 一方で、予想より簡単に仕上がるとはいえ、市販されているペンを買うよりは、当然ながら手間がかかります。私は元来そそっかしいので、周りにインクが飛び散らないよう準備する段階でひと苦労。

 インク沼の女性はともかく、一般の人たちまでもが、なぜそうした「手間ひま」をかけてまで、「からっぽペン」にハマるのでしょうか。

 ■手作りがもたらす「イケア効果」

 2011年、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ノートン氏らは、自分の手作りした対象物が、本来以上の価値を感じさせることを、組み立て家具販売の「IKEA(イケア)」になぞらえ、「IKEA effect(イケア効果)」と呼びました。

 実験に参加した人たちは、他人が作った折り紙を「約5円」と見積もった一方で、自分が作った折り紙には「20円以上」の値付けをしたといいます。完成までに自身がかけた手間ひまを想起し、そこに付加価値や「愛着」を感じるからでしょう。

 冒頭の「写ルンです」や、コロナ禍でヒットした無印良品の「発酵ぬかどこ」、CHOYAの「おうちで手作り梅しごとキット」なども同じです。いまやスマホで簡単に画像は撮れるし、ぬか漬けや梅酒も多彩な商品がインターネット上にあふれています。

 でもだからこそ、人はあえてアナログな「手作り」や「手間ひま」にこだわる。そして、そこから紡ぎ出される画像や飲食、あるいは手書きの文字を「エモい」と感じ、価値に共感してくれる人たちに伝えたい、呟きたいと強く欲するのでしょう。

 

 牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)

 マーケティングライター

 マーケティング会社インフィニティ代表取締役。修士(経営管理学/MBA)。2020年4月より、立教大学大学院・客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか、著書を機に流行語を広める。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

 

 (マーケティングライター 牛窪 恵)(PRESIDENT Online)

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