英国は「1カ月半だけで70%増」の異常な値上げ
9月15日の未明、フランスと英国を結ぶ送電線で原因不明の火災が起こり、2GWの送電能力のうちの半分が失われた。ドイツではそのとき初めて一般のニュースで、英国で天然ガスの値段が異常に高騰している事実が詳細に報じられた。
英国のガスの値段は今年の初めから9月の半ばまでで250%も上がっていた。8月から1カ月半だけで70%増という常軌を逸した上がり方だ。理由は品薄である。要するにガスが足りない。
天然ガスは発電に使われているので、もちろん電気代も跳ね上がっている。しかも、火災の起こった送電設備の復旧は来年というので、これから寒くなると電力が足りなくなる可能性が高い。値上げの終わりは見えなかった。
天然ガスが不足している理由は複合的だ。一番大きな理由は、アジアでの天然ガスの需要の急増。コロナ後、産業を回復させている中国の影響が大きい。中国はオーストラリアからの石炭の輸入を減らしていることもあり、現在、天然ガスを大量に買い込んでいる。また、他にも多くの国がCO2削減のために石炭から天然ガスにシフトしており、今や天然ガス不足は世界的な傾向だ。ある意味、予想されていた事態とも言える。英国は、今になって、一度反故にした原発新設計画をまた取り出しているが、もちろん急場の役には立たない。
食肉も医療品も供給できず…
天然ガス不足のために英国で起こっていることは多岐にわたる。肥料会社はエネルギーの高騰のためアンモニアの生産を中止し、その結果、副産物だったCO2が不足している。CO2は肉やビールの真空詰めに必要なため、回り回って食肉用の屠殺(とさつ)が滞っている。また、CO2は産業用製品の冷却や、ミネラルウォーターの製造、あるいは医療品にも必要で、手術のキャンセルも出ているという。その他、植物の生育を早めるため、温室に注入されることもある。すでに、クリスマスの食卓は大丈夫かなどという声も出始めた。
今年7月、長らく低迷していたドイツのインフレ率が、前年同月比で3.8%を記録した(過去10年の平均は1.3%)。分析に当たった連邦統計局は、コロナ対策として軽減されていた消費税が元に戻ったこと、サプライチェーンの混乱が続いていることなどを原因として挙げていたが、果たしてそうだろうか。
というのも、内訳をよく見ると、投資財、耐久消費財、一般消費財の値上げ率は、それぞれ前年比で1.3%、1.8%、1.5%にとどまっているのに対し、エネルギーだけが16.9%と群を抜いていた。つまり、ドイツのインフレも、その原因がガスの高騰であることは隠しようもなく、メディアではすでに「ガスフレーション」などという言葉が飛び交っている。
「炭素増税」を掲げる政党が人気の不思議
エネルギーの値上がりが、徐々にあらゆる職種に影響をおよぼすことは理の当然で、すでに4月、ガソリンは前年の同月に比べて24.8%、ディーゼルは19.5%も値上がりしていた。もちろん暖房用の燃料油も上がっている。9月には、食料品も上がり始めた。
一方、ドイツにおけるエネルギー高騰は、今年1月より課せられているCO21トン当たり25ユーロという炭素税のせいも大きい。炭素税は来年には30ユーロ、再来年は40ユーロと毎年上がり、2025年には55ユーロとなる予定だ。ドイツ連邦銀行のヴァイトマン総裁曰(いわ)く「年末にはインフレ率は5%に迫るだろう」。インフレは、好景気でお金が回っているなら国家経済にとって良い兆候だが、ドイツの炭素税は目下のところ、景気の向上を伴わない増税に等しい。今年のインフレ率が5%で済めばいいほうではないか。
そんな中、緑の党は徹頭徹尾、1日も早くガソリン車やディーゼル車を地上から消し去るため、炭素税はもっと高くすべきだと主張してきた。しかもドイツは、その過激な党の人気が、なぜかエネルギー価格同様、一途上昇中という不思議の国である。次期政権では、緑の党の与党入りが確実視されている。