リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

聖路加国際病院 石松伸一院長(1)「一期一会」大切に患者と接する (2/2ページ)

 --多くのことを学んだのでは

 「通常の仕事では経験できないことを学び教訓を得た。それは『救急患者を断るな』ということ。『ベッドが空いていない』『専門の医師がいない』など救急の患者を断る理由はいくらでもある。しかし患者を引き受けて、具合を聞いて苦痛を取り除くのがわれわれの使命。断ることが減って、現在は救急車の受け入れが年1万台となった。病院にとって、サリン事件は『聖路加には救急が必要だ』という認識が根付く1つの大きな出来事だった」

 「サリン事件の被害者への支援は今も続けている。サリン中毒の患者を診た医師はほとんどいない。サリン事件の被害者が、体調の悪化などで医療機関に行っても『サリンのことはよく分からない』と断られた。事件当日に最初に診察したわれわれが患者と一緒に歩んでいくしかないと考え、外来に通ってもらったり、被害者ケアを行っているNPO法人『リカバリー・サポート・センター』が実施する無料健診を毎年手伝ったりしている」

 --新型コロナウイルス感染症への対応は

 「聖路加に最初に患者が入院したのは2020年1月22日。国内2番目で、東京で始めて新型コロナと診断された中国からの旅行者だった。当時は医学的なデータの蓄積がなく、どんな治療を行えばよいか手探り状態だったが、『患者を死なせない』『院内感染を起こさない』というミッションを共有し治療に当たり、幸いにも軽症のまま回復した」

 「昨年3月26日には急遽(きゅうきょ)、既存の8つのICU(集中治療室)病床を新型コロナ専用病床として運用、4月には軽症患者への対応策として一般病棟約30床をコロナ患者専用とした。また、当初はコロナ患者への家族の面会を全面禁止にしていたが、『患者にとって何が大事か』を考え、タブレット端末40台を速やかに整備。病室の中と外をつなぎ、患者と家族がコミュニケーションを取れるようにした」

 --今では新型コロナのことも分かってきたのでは

 「多くの病院が当初の『怖くて断る』から『何ができる』に変わった。例えば検査で陰性なら肺炎を疑い、陽性なら入院先を探す。聖路加では現在、重症者の治療にあたっては呼吸障害を重症化の目安にしている。レントゲンで両方の肺に影が出て人工呼吸器では対応できなくなると、ECMO(人工心肺装置)を使用して治療する。肺が良くなればECMOを外せるが、長くなる患者もいる。ECMOは患者にとって命綱なので、スタッフも長時間緊張を維持しなければならない」

 「サリンとコロナは予備知識や経験がないまま起こり、治療が終わった後の後遺症がどうなるかとか、心理的・精神的な症状をどう診ていくかなどを考えなければならない。コロナは非常に早い段階から後遺症などの影響を調べており、サリン事件の教訓を生かしているように感じる」

 --社会ではデジタル化などが進んでいる。これからの治療法については

 「AI(人工知能)やDX(デジタルトランスフォーメーション)などの導入は避けて通れない。しかしデジタル機械に任せても医療行為は人と人との触れあいであり、相手が人である限り不変だ。デジタルを活用し、より安全な医療を提供する時代が来ても、痛みを和らげ安心させられるのは人。ただ寿命を延ばすことだけではなく、その患者の幸せにつなげるのを手伝うのが病院だ。治療法が進化し多くの人を救うことができる一方で、完治しない患者一人一人にも向き合うのも大事な医療だ。患者の価値観を大事にしている病院が評価される時代が間違いなくやってくる。それに対応するだけだ」

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