菅(すが)義(よし)偉(ひで)首相が脱炭素社会の実現に向け「2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量実質ゼロ)」を宣言したのを踏まえ、東京ガスが脱炭素への投資を拡充するためとして株主還元を見直す検討を進めている。当初は4月下旬に方向性を打ち出し、6月下旬の定時株主総会で承認を取り付ける構えだったが、市場の反応は厳しく、検討作業は長期化の様相を呈している。
「世界の動きに目を向ければ持続可能な社会への意識が急速に高まっており、特に脱炭素化の潮流は想定をはるかに超えるスピードで進展している。脱炭素化などの大きなパラダイムシフト(支配的な考え方の転換)を自らリードする」
6月29日、東京都港区で開かれた東ガスの定時株主総会で、内田高史社長は出席株主にこう強調した。
内田社長が株主還元について見直しを検討すると表明したのは、昨年11月末の記者会見だった。「財務体質の健全性を保ちつつ、脱炭素化社会への貢献を実現するために、株主還元政策の見直しを検討する」。その約1カ月前の10月に菅首相が「2050年カーボンニュートラル」を目指すと宣言しており、脱炭素への対応を加速する原資を確保する必要があると考えたことが大きな理由だった。
昨年12月、産経新聞のインタビューに対し、内田社長は「脱炭素社会に向けて再生可能エネルギーの電源や水素エネルギーを獲得・開発するには、かなりのコストがかかる。キャッシュ(資金)をどこに使うか。脱炭素化への投資に振り向けさせてもらえないか」とその必要性を語っている。
東ガスは当初、令和3年3月期連結決算を発表する4月28日の記者会見での公表を目指していたが、見送った。その理由について、佐藤裕史常務執行役員は会見で「いくつか考慮すべき事項が後から出てきた」と説明。年末年始の寒波到来で、発電所の燃料で都市ガスの原料でもある液化天然ガス(LNG)の価格が高騰。電力需給の逼(ひっ)迫(ぱく)で電力の卸売価格も急騰した。こうした市場リスクの増大も踏まえた資金配分を改めて精査し、その中で株主還元の在り方に結論を出す必要性が生じたとしている。
企業の株主還元の度合いを示す指標の一つに「総還元性向」がある。株主への配当と自社株買いの金額を合計し、最終利益で割ったものだ。東ガスは総還元性向の目標を「6割程度」としており、3年3月期は60.1%。同業のガス大手や他のエネルギー関連企業と比べても高いとされる。
東ガスの見直しについて、市場では「株主還元が減る」と受け止めた向きが多かったようだ。内田社長の検討表明があった昨年11月末と半年後の今年5月末を比べると、日経平均株価は約9.2%上昇したのに対し、東ガスの株価は約7.6%下落している。
脱炭素投資を拡充するとの「大義名分」があるとはいえ、市場関係者の間では厳しい声が上がる。エネルギー業界の動向に詳しい、みずほ証券の新(しん)家(や)法(のり)昌(まさ)シニアアナリストは「市場が評価していないことは株価にも表れている」と語る。
新家氏は「近年、東ガスが投資した案件から十分な成果は出ておらず、資金配分の仕方が市場の信頼を得られていない」と指摘。その上で「脱炭素投資は必要だろうが、投資を行うからには強みを生かして一定の投資リターンを得られることが大前提だ。それが可能だと市場を説得できるだけの材料を東ガスは示せていない」との見方を示す。
東ガスが対話を重ねてきた投資家や株主からは「株主還元の見直しを公表する際には、資金の振り向け先である脱炭素をはじめとする成長戦略をできるだけ具体的かつ定量的に説明してほしい」との要望が出ていた。こうした指摘に応える必要があることも、検討作業が長引く一つの要因となっている。
最近の脱炭素の流れは急速だ。政府が6月に閣議決定した令和2年度版のエネルギー白書によると、2050年までのカーボンニュートラル実現を表明したのは今年4月現在で126カ国・地域に上っている。
脱炭素の取り組みを進める上では技術開発が重要になるが、難易度が高いものが多く、企業には「莫(ばく)大(だい)な投資がかかる」(エネルギー関連企業首脳)。半面、脱炭素の取り組みで先行できれば競争力が高まり、企業価値の向上につながるため、長期的な成長につながる投資ともいえる。株主還元に手を付ける上では、投資家や株主にとって説得力のある成長シナリオの提示が求められる。
(森田晶宏)