大学教員になって8年目を迎えた。前職宣伝部時代の最後の仕事が「東京2020」のスポンサーシップだったが、東京五輪を新型コロナウイルス禍で迎えるとは夢にも思わなかった。当時、排他独占権のルールの中で同業他社より先手を打ったものの、その仕組みも既に崩壊され一業種複数社が今大会の巨額な資金源となる。(帝京大学教授・川上祐司)
閉幕後に取り壊し
競技会場が集中する晴海、有明地区では開幕に向けて工事が進み、周りを厳重に白い壁で囲まれた要塞の如く立ち並び、その街並みは五輪ムーブメントとは程遠い。会場内では都知事が参加したレセプションが華やかに行われたという。これらの屋外会場は隣接するタワーマンションから丸見えである。
これもオフィシャルスポンサーのメリットの一つであろうか、それがうたい文句の分譲販売だったことも容易に察しがつく。競技当日の居住者のベランダはまるでメジャーリーグのクラブシートのように優雅な五輪観戦が楽しめるが、これらの会場はいわゆるマイナー種目の「ポップアップスタジアム」であり閉幕後には直ちに取り壊される。その他の多くの木造施設も同様だ。もはやこの一帯は治外法権下にありもう誰もストップをかけられない状態であった。
今般、小職研究室とゼミは改めて東京2020開催を問うため晴海、有明地区の視察を含めたワークショップを2週間実施した。スポーツマネジメントを専攻する学生は東京2020についてもっと議論すべきであると考えたからだ。そのフレームワークは、これまでの五輪開催の歴史より「パフォーマンス」「マーケティング」「都市活性化」の3つの観点から機能的功績と罪科より東京2020との照合を試みる。さらにその内容から改めて開催是非についてグループワークを行い、おのおのの立場から今後の最善策を導きだすことを目的とした。
単なる賛否論ではなく次世代に引き継ぐための具体的な提案こそが不可欠なのである。その結果、賛成派3人、延期派9人、反対派5人の各グループから出された提案からは、最終的にアスリート、都民、施設のいずれかが「犠牲」になることが顕在化された。これがIOC(国際オリンピック委員会)会長の発言の意図であったのか。
既得権益者の思惑
米国ではコロナ禍でもスタジアムやアリーナの新設、リニューアルが続き、「五輪も行えるスポーツファシリティー」として地域経済を牽引(けんいん)するとともにシンボルとして機能する。しかし、日本では「五輪を行うだけのスポーツ施設」が終了後直ちに取り壊される。地域アイデンティティーの醸成とは無縁の産物からは期間限定の国家プロジェクトに関与する既得権益者たちの思惑が見え隠れする。
その一方、地域密着を掲げるJリーグは、コロナ禍でもプロスポーツチームの機能を発揮してきたものの、2020年度決算では34クラブが赤字で10クラブが債務超過に陥った。この事実が今後のスポーツマネジメントを学ぶ学生の教材となることが残念でならない。
改めて東京2020開催に反対する。その理由の一つに学生を犠牲にしたくないからである。学生は2年間にわたりキャンパスライフを奪われてきた。楽しみにしていた米国スポーツ研修も2年連続で中止となった。犠牲になるのはIOCだけで十分である。これまでの政治的手段を復活させ国民の分断を加速させた国家対抗によるスポーツ大会の目的は既に終焉(しゅうえん)している。
【プロフィル】川上祐司 かわかみ・ゆうじ 日体大卒。筑波大大学院修士課程スポーツシステム・健康マネジメント専攻修了。元アメリカンフットボール選手でオンワード時代に日本選手権(ライスボウル)優勝。富士通、筑波大大学院非常勤講師などを経て、2015年から帝京大経済学部でスポーツマネジメントに関する教鞭を執っている。著書に『アメリカのスポーツ現場に学ぶマーケティング戦略-ファン・チーム・行政が生み出すスポーツ文化とビジネス』(晃洋書房)など。55歳。大阪府出身。