新型コロナウイルスのワクチン接種を職場などで受けられるようにする「職場接種」について、政府が8日にも受け付けを開始し、詳細を公表することになった。既に実施を表明する企業が相次ぐなど、これまで遅れていたワクチン接種の加速が期待される一方、政府の情報発信の遅れや、不慣れな業務に戸惑う企業も多い。非正規社員が排除されたり、接種が強制されるといった懸念もくすぶっている。
「日本全体で一気呵成(かせい)に進めようという動きが加速している」。経団連の十倉雅和会長は7日の記者会見で、そう強調した。政府担当者を招いた説明会には、傘下企業約1500社のほぼ全てが参加したという。
ただ、実施にあたっては課題を口にする企業も多い。ある大手ホテルの関係者は「具体的な情報がなく、検討しようがない」と話す。特にどの程度の量のワクチンが供給されるのか戸惑う企業は多い。「供給のめどが不透明なままでは具体的な接種計画も立てられない」(IT企業)からだ。
経済産業省に対しても、同様の問い合わせは多く寄せられている。ただ、政府の大方針が示されない中、担当者は「もう少し待ってもらいたい」と繰り返すしかないのが実情だ。
企業が戸惑いを見せるのは、ワクチン接種という不慣れな業務に加え、感染予防をしながら対応する必要があるからだ。特に副反応が出た場合の対処など、従業員の命にも関わるだけに十分な説明は欠かせない。ワクチンの管理も課題だ。余らすことなく、使いきるには一定の人数を集める必要がある。ただ、テレワークが定着したIT企業からは「接種のために会社に人を集めるのは…」との声も上がる。
公平性の観点も問題となっている。職場接種の実施を表明しているのは有名な大企業ばかりだ。ソフトバンクグループや関西電力など、取引先企業などの中小企業にも、接種対象を広げる動きも出始めているが、自社の従業員に限った接種を検討している企業が大半だ。今後は大企業が集中する都市部でワクチン接種の偏在が生じる可能性もある。社内で接種する順番も、年齢順や職種ごとなど対応が分かれそうだ。(【ワクチン打てば大丈夫?】接種加速も問われるマスク必要性、100%は感染防げず)
中小企業について政府は、業界団体などが仲介して共同で実施することを提案するが、目立った動きはなく、ある経営者は「共同実施の話はなく、うちは大手との取引もない。職場接種は諦めている」と、冷めた様子で話していた。
■職場接種を自社の従業員以外に広げる取り組みも出始めている
・アイリスオーヤマ 本社や工場など全国12カ所の主要拠点で、国内勤務のグループ従業員約7000人とその家族を対象に実施。ワクチンが確保できた場合は、地域住民の接種会場として無償提供も検討
・楽天グループ グループ会社の社員や家族約6万人を対象に実施。1日当たり1000人規模から始め、5000人へと拡大し、近隣住民を対象に加えることも検討
・ソフトバンクグループ グループ各社の従業員や家族に加え、傘下の携帯電話販売店、コールセンターのスタッフも対象に計10万人規模を検討
・関西電力 大阪市の本店と福井県にある美浜、大飯、高浜の3原発で実施。従業員とその家族に加え、出向者、再雇用者、グループ会社や協力会社に勤務し希望する人にも接種
・住友電気工業 従業員6000人と協力会社従業員、派遣社員を対象に実施
■職場接種を実施する上では課題も指摘されている
・接種する医師や接種場所の確保
・ワクチンの管理や接種計画の策定
・ワクチンを余らせないため、まとまった接種人数の確保
・接種順位の決め方
・産業医のいない中小企業への接種拡大
・接種を希望しない人への配慮
・非正規社員などへの公平な対応
・副反応への対応