■「社員を事業主に」 若い挑戦者育成
体重計や体組成計など「健康をはかる」計測機器で業界を牽引(けんいん)してきたタニタは健康総合企業として、飲食やフィットネスなど「健康をつくる」サービスに事業領域を拡大している。陣頭指揮を執るのが創業家3代目の谷田千里氏だ。2008年の社長就任以来、健康経営に注力し、17年には社員を個人事業主にする取り組み「日本活性化プロジェクト」をスタートした。谷田氏は「主体性をもって働くことでモチベーションが上がる。能力開発にもつながる」と言い切る。
◆社内の反発押し切り
--日本活性化プロジェクトとは
「希望する社員の雇用形態を雇用契約から業務委託契約をベースとした個人事業主に切り替えるというもので、タニタでの仕事を続けながら個人事業主として独立することを支援する。いつでもどこでも働けるうえ、報酬でも成果に報いる。契約期間を3年(契約は毎年更新)とし、安定性を高めることで、社員の立場を捨てて独立する不安を軽減する仕組みを設けた」
--反発の声もあったのでは
「『本当は人員整理をしたいだけではないか』と反発したり戸惑ったりする社員は多かった。労働組合の説得は無理だと思っていたので、社内制度ではなく、社外の仕組みとした。取締役会でも強い抵抗があったが、『これからの厳しい経営環境の中で、会社を発展させていくにはこれしかない』と押し切った。初年度は期待以上の8人が手を挙げ、5年目の今年、社員から転じたプロジェクトメンバーは31人に増えた。コンサルティング会社のように、若手が経験を積んでシニアコンサルタントとなり、やがて独立して活躍するといった組織にしたかったので意図通りになりつつある。将来的には若手は全員、手を挙げてほしい」
--導入したきっかけは
「社長に就任した08年のリーマン・ショックのような景気悪化で業績が低迷し、“タニタ号”が沈みつつあるとき優秀な社員をどう引き留めるか。優秀な社員は忠誠心も高いのでタニタ号が傾いても早々に逃げたりはしないが、それでも家庭や生活を守るため辞めざるを得ない事態になりかねない。仮に退職してもタニタの仕事に携わってもらうには、また彼らが持つ優秀なナレッジやノウハウを伝承するにはどうすればいいか。優秀な人材をつなぎ留め、会社を発展させていくには個人事業主として業務委託契約を結び、会社と個人が対等な関係を築くしかないと考えた」
◆1日8時間に懐疑的
--働き方改革にも一石を投じた
「議論の中心が残業時間の減少に偏りすぎており、今は働く時間ばかりが注目される。1日8時間きっちり働く『9時5時』が徹底され、残業は厳しく制限されるようになった。もちろん過労死を招くような長時間労働は絶対になくさなければいけないが、1日8時間・週40時間働けばいいという発想には懐疑的だ」
--その理由は
「私はこれまで、新人時代から毎日8時間のみ働いて大成した人、実力をつけた人に会ったことがない。優秀な人は必ずといっていいほど、時間を忘れて仕事に没頭した経験を持っている。いつの間にか会社のソファや会議室で寝ていたりする。筋トレが好きな人は実力以上の重さのバーベルを持ち上げようとすることで筋肉を増強する。これと同じで、やる気のある社員は一生懸命に働いて自分の能力を高めようとする。仕事の達成感も得られる」
■「健康つくる」 データ管理事業改善
--だから個人事業主で働ける仕組みを作った
「9時5時で終わる定型的な仕事はやがてAI(人工知能)に取って代わられる。個人事業主になることで、働き手は主体性をもって働くことができ、モチベーションも上がる。『この仕事をやり遂げたい』『自分の能力を伸ばしたい』というチャレンジ精神が能力開発につながる。言い換えると、チャレンジャー人材しか能力を伸ばすことはできない。21年度の新卒入社から、このプロジェクトへの賛同を前提とした採用活動を始めたのも、主体的に働く意志のある人材に集まってほしいと考えたからだ」
「タニタも健康企業といいながらメンタル不調に陥る社員が定期的にいる。原因は長時間労働というより、仕事をやらされている感じがあるからだ。個人事業主は『やらされ感』がないのでストレスも少なくなる。このプロジェクトはメンタル不調の防止にもなるわけだ。プロジェクトメンバーには自分の意志で好きなだけ働いてもらい、自分が成長できたことを証明してほしい。成功体験が必要だ」
◆政府に採用働きかけ
--社長就任後、健康をつくる事業に注力してきた
「就任を機に、当時赤字事業となっていた健康管理サービスの改善に取り組んだ。通信機能を持つ歩数計や血圧計、体組成計などで計測したデータをパソコンや携帯電話で管理できるサービスだが、とにかく使い勝手が悪かった。そこで、これを改善する方策を探ろうと、全社員に配布して使わせた。すると社員の平均体重や体脂肪率が下がり、社内の医療費が1割近く減った」
「自社だけの取り組みにとどめておくのはもったいないと、14年に企業・自治体向けにパッケージ化し『タニタの健康プログラム』として提供を始めた。その一つが秋田県大仙市での取り組みだ。20年9月に大仙市と『健幸まちづくりに関する協定』を締結し、歩数や1日の消費エネルギー量が計測できる活動量計を無料配布し大規模ヘルスケア事業をサポートしている。現在1万4000人が参加しており、3、4年かけてデータを取得し医療費の適正化につながることを証明する。日本のためにもなるので政府に採用を働きかけていきたい」
◆食でコロナ後にらむ
--そのほかの健康をつくる事業は
「肉体をはかるものは次々と商品化していったが、健康づくりにおいて重要な要素となる『食』に関するものがなかった。その商品の一つとして売り出したのが、社員食堂で実際に提供しているメニューをまとめたレシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』だ。ベストセラーとなり、健康計測機器メーカー、タニタの知名度を大きく高めるとともに、『実際に食べてみたい』との声に応える形で『丸の内タニタ食堂』を12年にオープンした。飲食業への進出には社内から大反対が起きたが、『健康=タニタ』のブランディングに大きく寄与した。このほかにも、健康とおいしさにこだわる『タニタカフェ』といったビジネスを展開した」
--新型コロナウイルス感染拡大の影響は
「各店舗は苦しい状況にあるが、外出自粛などで歩く機会が減ることでストレスがたまり病気になる人や精神に支障を来す人が増えるだろう。健康二次被害の防止も課題だ。このため健康に優しい食事や運動に対する需要は高まっている。コロナ収束後をにらんで、例えばタニタカフェではオペレーションの無人化など対応する商品やサービスの開発を進める」
「健康をはかる取り組みの一つとして、皮下脂肪の厚さを簡便に計測できる皮下脂肪厚計『SR-903』を6月に発売する。ワクチン接種にインスリン用注射器を使用することで接収回数を増やせると医療機関が公表したことを受け、皮下脂肪厚を測れる機器がワクチンの有効活用に役立つとして急遽(きゅうきょ)、商品化した」
--社内的な影響は
「コロナへの特効薬はなく、収束には数年かかるだろうから一喜一憂せずにおおらかに取り組もうと考えている。タニタでは昨春の緊急事態宣言時から、感染防止対策と社会経済活動維持の両立に配慮した取り組みを進めている。また健康二次被害の防止に向け、通信機能を持つ家庭用体組成計を全社員に配布した。テレワーク中でも健康プログラムを実践できるようにしている」
--今後の展開は
「人生100年時代といわれる今、健康寿命を延ばすことが個人にとっても、社会にとっても重要になる。このためタニタが取り組むのは健康づくりを通して世界の人々が幸せを感じられる社会をつくっていくこと。『健康をはかる、つくる』の次は『健康習慣』への貢献だ。スローガンでも『Healthy Habits(健康習慣) for happiness』を掲げており、挑戦していく」
【プロフィル】谷田千里
たにだ・せんり 佐賀大理工学部卒。船井総合研究所などを経て2001年タニタ入社。05年タニタアメリカ取締役、07年タニタ取締役、08年から現職。48歳。大阪府出身。