読書も「読む」から「見る」へ。子供向けのイメージがあった図解やイラストで教える「見るだけ学習本」。最近は経営学、心理学など大人向けが活況だ。短時間で読了でき、記憶定着率も高いという。この10年で一気に普及したスマートフォンによる生活様式の激変で、読書に使える時間が減る一方、コロナ禍で経済や雇用の流動性が加速し、国民の一人一人が“人生の経営者”として勉強を続けなければならない。そんな危機感も背景にあるようだ。(重松明子)
副業・独立も視野に産業カウンセラー資格取得を目指している50代の男性会社員が、「図解 心理学用語大全」(誠文堂新光社)という本を持っていた。自己概念や精神分析、集団力学など、環境と心の相関が“ゆるい”イラストと短文で示されている。
「メンタルヘルス系の資格はこれから需要が大きい。公式テキストだけでは頭に入りにくいので、副読本として図解を購入。理解を深めるのに役立っている」という。昨年5月発行で5刷3万2000部。この本の著者、田中正人さんが平成27年に発行した「哲学用語図鑑」(プレジデント社)も、続編と合わせて累計15万部とよく売れている。
「昔のように終身雇用で一生安心が得られるわけはなく、1億総フリー=経営者の時代。コロナ禍でより高まった、お金に対する不安や将来への危機意識から経営学に興味を持つ方が増えている。本来、誰にも必要な裾野の広い学問です」
経営に関する本を30冊以上執筆する平野敦士カールさんは語る。米国生まれの日本人で、日本興業銀行、NTTドコモを経てコンサルティング&研修会社を創業。「経営学を100万人に届けたい」との思いで、宝島社が発行する学習本「見るだけノート」シリーズの監修を務めている。
「人間の理解は、文字や聞くだけよりも動画やビジュアルの方が本来伝わりやすいという、心理学の『画像優位性効果』を念頭に編集されている。年を取ると、細かい文字が見えにくくなってもきますしね」
41冊あるシリーズの中でも平野さんが手掛けるビジネス系は人気が高く、平成30年発行の「経営学」編は部数1位の8万部。今月達成したシリーズ累計100万部の原動力となっている。表紙には、経営学の基本が「2時間で頭に入る!」。「文章だけだと読了に3倍の時間を要する。難しく濃い内容を、いかに分かりやすく絵に落とし込めるかに注力しました」
女子大生がカフェを立ち上げるまでの資金調達や商品開発、経営戦略立案の方法や仕組みを俯瞰(ふかん)図で見せる。中心読者は20~40代の男女半々で、コロナ禍をきっかけに続編「マーケティング」の売り上げも急増し、6万部に増刷した。井上泰編集長は「実店舗からネット通販への移行など、モノの売り方が急激に変わり、企業の好不調も鮮明になっている。若い世代を中心に、不透明な将来に対する危機感が背景にある」と分析する。
「見るだけノート」シリーズは、井上編集長がスウェーデン発祥の家具量販店「イケア」で購入した棚を組み立てる際、取り扱い説明書に文字がないことに驚いた体験がきっかけ。平成28年「高速学習本」を目指して創刊した。今や、台湾や韓国、中国でも翻訳版が発行されている。漫画に代表される日本の「お家芸」ともいえる絵図伝達文化の進化系だ。
「1日24時間しかない中で、今は情報が多すぎる」と平野さんは指摘。「分散するネットの情報よりも、1冊の本でまず全体像をつかみ、それを完璧に理解するほうがはるかに効率的で学習効果が高い。興味を持った分野の深掘りは、受験勉強の王道でもありますね」
昭和末のバブル期に東大経済学部から、当時羨望の就職先だった興銀に入行。時代の変化に順応し、転身を図ってきた人の言葉には説得力があった。
スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセン氏の警鐘。世界的なベストセラーになっている「スマホ脳」(日本版・新潮新書)によると、常にスマホに時間と脳が支配されるこの10年の依存症的生活は、記憶力などさまざまな知能低下を誘因。読書にも集中できなくなるなど、脳への悪影響を及ぼしている-と伝える。時短・効率化がウリの「見るだけ学習本」人気の立役者は、実はスマホなのだろうか。