お酒を飲むと気分が高揚して大声になりがちで、飛沫(ひまつ)の量が増える懸念もある。新型コロナウイルス感染症対策分科会は「会食は4人以下」と提言した。こうした自粛ムードの続くコロナ禍で注目されているのが、酒類を一切提供しないバーだ。コンセプトは「飲まなくても酔える」。ソフトドリンクではなく、カクテルを提供するバーだが、午前10時から開店しており、感染防止対策も徹底。「テレワーク」の場として活用するビジネスマンも少なくないという。“ニューノーマル”を象徴する日本初の「ノンアルコールバー」を訪ねた。
心憎い演出に酔いしれる
東京タワーを望む東京・六本木。一面ガラス張りの瀟洒(しょうしゃ)な外観が目を引くノンアルコールバーの「0%」。店内に一歩踏み入れると、ふとスタンリー・キューブリック監督のSF映画「2001年宇宙の旅」のワンシーンが脳裏に浮かんだ。人工冬眠を使った木星への宇宙飛行で唯一の生存者となった船長が、幻想的な光に包まれながらスターゲートを通じてワープしていく場面だ。異世界に踏み入れるような、そんな不思議な感覚にとらわれたのである。
「日本には飲みに行って話すという文化はありますが、最近の若い人たちはそんなにお酒を飲みません。お酒は飲まないが、雰囲気の良いところでお話がしたいという人は結構います。『宇宙にできた最初のバー』をイメージして開店しました」
こう話すのは、「0%」のプロデューサーの山本麻友美さん(31)。ロンドンやニューヨークで人気のノンアルコールバーを訪ね歩き、飲める人も飲めない人も、一緒にポジティブな会話を繰り広げている光景を目の当たりにしたという。構想から1年半を経て、今年7月に日本初となるノンアルコールバーの開店にこぎつけた。
バーカウンターの前には、荒涼とした惑星の大地を連想させるミラーオブジェ。洗練された、と形容することも陳腐なほど独特な雰囲気の内装に目を見張る。やはり、未来のテーブルにはメニューはないのだろうか。QRコードをスマートフォンのカメラで読み取ると、インスタ映えしそうなカクテルが次々と表示される。迷いながら選んだのは、蜂蜜の入った「アイスランドバブル」。バカルディ・レガシー・カクテルコンペティション2012など世界的な大会で数々の優勝経験を持つバーテンダー、後閑信吾氏が考案したものだという。
テーブルに運ばれてきたカクテルグラスにはシャボン玉のような空気のドームがのっており、サーブした男性が白い煙で満たされた空気のドームをLEDライトで照らしたかと思った刹那(せつな)、シャボン玉がはじけて割れた。ほわっと広がる煙とともにフルーティな香りが漂ってきてまた驚いた。こんな心憎い演出もあるのかと。価格は1200円。普段は焼酎やウイスキーを好む左党で、カクテルはとんとなじみがないため味の評価はできないものの、明治時代、初めてサイダーを口にした人たちがきっと受けたであろう衝撃を覚えた。なんだか分からないが、おいしい飲み物であることだけは分かった。
「アルコールがない分、提供方法で高揚感を感じてほしいというのがありました。体験として香りを感じていただき、その香りのあとに飲むからこういう味になるという、お酒のカルチャーの面白いところだと思います。その新しい飲み方を提案していきたいと考えています。お酒が飲めない方が普段体験できない食体験をしていただきたいのです」
目移りするメニューの中でも目を引いたのが、「ア リアル プレジャー」というカクテル。ガラスでできた円形の水筒のような入れ物にフルーツやバジルなどが詰められていて、その入れ物からテーブルでカクテルがサーブされるのだ。カクテル一つ一つに、サプライズのバースデーケーキが運ばれてくるような驚きがある。趣向を凝らしたカクテルは、もはやノンアルコールであったことを忘れてしまうほどで、まさに、雰囲気に酔いしれた。「実は私もほとんどお酒が飲めなくて、ワイン1杯で限界。飲めない人はウーロン茶やジュースくらいしか選択肢がなく、物足りなさを感じていた」という山本さん。だからこそ、実現した心憎い演出なのかもしれない。