リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

ベクトル 長谷川創社長(2)黒子の仕事を楽しめるかは自分次第

 --大学生時代に起業しながら卒業後、郵政省(現日本郵政)に入っている

 「大学時代に西江肇司(現ベクトル会長)と出会ったのがきっかけで学生時代に創業メンバーとして当社設立に参画した。1993年のことだ。しかし祖父、父と2代続けて特定郵便局の局長を務めていたことから、父の強い勧めもあって95年の卒業後、郵政省に就職した。父は私を跡継ぎにしたいと思っていたので小さいときから『公務員はいいぞ』という教育を受けていたことを思い出す。ただ最初から2年間だけ働くと決めていた。学生時代は郵政民営化の流れの真っただ中だったので、局長を継ぐより自分の人生を歩む方が楽しいと考えていたからで、2年後の97年にベクトルに戻った」

 --設立当時はどんなビジネスを手掛けていたのか

 「大学生ブームの名残の中で立ち上げたので大学生向けセールスプロモーション(SP)がメイン事業で、イベントやサンプリングなどの仕事が多かった。SP事業からPR事業を中心とした事業体制に移行したのは2000年4月だった。きっかけは、ある企業から新製品をアピールする仕事を任されたことだった」

 「東京・渋谷でパフォーマンスを行う企画を提案し実行したところ、その企業の広報担当者から『面白いイベントをやっているのに、なぜメディアを呼ばないの』といわれた。そのときは話している意味すら理解できなかった。後に広報ならばイベント開催のプレスリリースをメディアに配布して記事化を促すということを知った。ただPRについての書籍はなく、PR戦略を自ら考えながら走るというまさにゼロベースでスタートした。さまざまな苦労を乗り越えながら事業を拡大し、12年に東証マザーズ、14年に東証1部に上場することができた」

 --座右の銘は

 「高杉晋作の『おもしろきことなき世をおもしろく、すみなしものは心なりけり』。自分の考えと合っており、世の中を面白くしていくのも自分次第という気概で取り組んできた。PR事業は黒子であり、たとえクライアントから怒られ、ハードルが高い課題を与えられても、それに応えるために全力で考えて動く仕事だ。クライアントが求める以上の結果を出して『ありがとう』といわれるのが一番の喜び。仕事を楽しめるかどうかは個人次第だが、楽しくやった方がいいという意味で入社式には新人にメッセージとして高杉晋作のこの言葉を贈っている」

 「個人の信条として『相手が怒っていたら、自分が間違っていなくてもまず謝る』ということを意識している。相手が怒っている場合、必ずそこには『こちらの不手際』があるはず。謝罪し話を聞いた上で、説明すべきことがあれば話すというプロセスを踏むことが大事だ」

 --経営者としてのロールモデル(規範とする人物)は

 「参考にしているのが『日本資本主義の父』といわれた渋沢栄一。自分のもうけを考えず、国益のために日本のインフラを作ることを決め、いろいろな事業を起こしたり、アライアンスを推進したりした。渋沢栄一の日本を元気にするインフラづくりをコミュニケーション企業として取り組んでいきたい。ベクトルグループは黒子として、日本企業がコミュニケーション領域で使いたいと思うインフラを作っていく。最適な手法と適切な価格というクライアントが喜ぶ価値を提供していきたい」

 --趣味は

 「筋トレを週2回・2時間程度。ジムで(上半身を鍛える)ベンチプレスや腹筋運動などウエートトレーニングで汗を流している。ゴルフも好きだが、まだ修業中の腕前だと思っている」

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