格安航空機、クルマとの熾烈(しれつ)な長距離旅客のシェア争いの渦中で、JR西日本は今年10月、新幹線をモデルにしたキャラクター「カンセンジャー」をPR戦線に投入した。スタイリッシュなヒーロー風だが、よく見ると胸には「こだま 博多」の行き先表示が…。ヒーローが各駅停車する裏には、オトナの事情もあるようだ。
使命はLCC、自動車に勝て
低運賃の格安航空会社(LCC)、サービスエリア開発と割引料金で勝負する高速道路会社の猛攻勢の中で、「新幹線を選んでほしい!」と立ち上がったヒーローの生みの親は、JR西日本新幹線管理本部で新幹線のダイヤ編成や乗務員指導を担う宮本佳洋運輸課長(46)と部下の菅野太介さん(33)、真鍋宗一郎さん(31)。
「少子高齢化で人口が減るなか、将来の顧客であるファンをどう獲得するか」
難問を抱えるJR西だが、京阪神地域-福岡県内を移動する旅客のうち、山陽新幹線の占有率(シェア)は平成23年度末で88%。山陽新幹線と相互乗り入れする九州新幹線全線開業も話題となり、新幹線人気は今は盤石だ。
だがLCC元年とも言われた24年、航空各社は九州方面路線を相次いで投入。「距離が長くなれば、飛行機が有利になる」と、シェア低下に危機感を募らせるJR西にとって、“将来の顧客獲得”は重い課題だ。
新幹線管理本部の3人が熱い議論を交わす中、浮かんだアイデアが“新幹線ヒーロー”。広告宣伝とはまったく畑が違う現場有志によるプロジェクトが、「カンセンジャー」誕生のきっかけだ。
ヒーローが各駅停車する理由
「ヒーローに親しむことで、新幹線も好きになってもらいたい」(菅野さん)という願いから、デザインは“新幹線らしさ”にとことんこだわった。
カンセンジャーの頭は先頭車両、胸には行き先表示、背中にはパンタグラフを背負っている。普段は車掌をしていて、アカンコ(いけない子)星からやってきた乗車マナーを破る敵と戦う設定だ。
カンセンジャーのモデルは、新大阪-博多間で運行している500系新幹線「こだま」。元となるデザインを担当した宮本課長は「500系は戦闘機のような外観といわれ、ファンが多いJR西の独自開発車両だ。それにシャープな顔つきがヒーロー採用の決め手」と誇らしげに語る。
とはいえ「こだま」は各駅停車。速くて新しいN700系「のぞみ」や同系ベースの「みずほ」「さくら」の方が、強いヒーローのイメージに沿っているのでは?
だが、これらはJRグループ他社との共同開発車両で、勝手に使えないという“オトナの事情”も存在する。
ニューヒーローのフルネームは「カンセンジャー500」。もちろん、自社開発の500系を意味しており、「人気が出れば、(700系など)仲間が増える可能性も…」(宮本課長)というひそかな夢も。JRグループ挙げての新幹線ヒーロー戦隊結成の夢は、今後の活躍にかかっている。
鉄ちゃんもヒーローファンも取り込め
デビューイベントは「鉄道の日」の10月14日、交通科学博物館(大阪市)で行われ、新聞報道やホームページでデビューを知った親子連れや鉄道ファン約300人が詰めかけた。
カンセンジャーが乗車マナー向上を呼びかけるアニメーションを放映後、記念撮影と握手会。普段は「車掌」というカンセンジャーは、大勢の観客を前にやや戸惑う様子で登場したものの、撮影会ではポーズをキメて子供たちを喜ばせた。
また、大人の鉄道ファンやヒーローファンの中には、イベントをネット中継する強者までいたほど。その後、カンセンジャーは博多、岡山の総合車両所イベントに転戦し、計1千人以上のファンとふれあった。
今のところ評判は上々で、菅野さんは「鉄道ファン以外の子供たちにも興味を持ってもらえた。彼らは未来のお客さまになってくれる」と手応えを感じている。
スピードでは「のぞみ」「ひかり」に及ばない「こだま」だが、カンセンジャーは飛行機やクルマの利用者より、多くのファンを獲得するという重い任務を背負っている。大人から子供まで、鉄道、ヒーロー両ファンを巻き込み、乗車率アップは成功するのか。カンセンジャーはイベントを駆け巡っている。(石川有紀)