私立中学や国立中学への入学を目指す中学受験が熱を帯びる中、家庭の経済的な負担が増している。中学受験を決意すれば、小学校時代の塾通いだけでも280万円もかかるケースも珍しくない。さらに私立大学進学を目指すとなれば卒業までには1500万円の教育費も覚悟せねばならず、高等教育には家庭の経済力が必須ともいえる状況だ。こうした中、政府は高校無償化の拡充など教育費支援策を打ち出しているが、所得制限があることへの批判も根強い。専門家からは安心して子育てできる社会作りを訴える声も高まっている。
中学受験は「課金ゲー」
「子供に『課金』して、クソ強いキャラに育てよーとして何が悪い」。中学受験をテーマにした高瀬志帆さんの漫画「二月の勝者-絶対合格の教室-」で、息子の塾通いの金銭負担に不満を漏らすゲーム好きの夫に対し、普段は温厚な妻が放った怒りの一言だ。
中学受験をすると決めれば、志望校が難関校でなくても塾通いは必須。受験が近づいてくると通常の授業料に加え、夏休みや冬休み、週末の特別講習の料金も上積みされる。子供の学力を少しでも上げようと授業料を払う保護者の姿は、さながらゲームのキャラの強化のために課金するゲーマーのように思える。
10月から日本テレビ系列で始まった同名のドラマでもこのシーンが放送されると、インターネット上では「うちも同じだけど、絶対合格とは言い切れない」「特別講習の案内のたびにポチっているうちに月に10万円以上引き落とされていた」と共感の声が広がった。
大学進学で資金切れも
中学受験にお金がかかるのは決してフィクションではない。受験情報サイト「中学図鑑」などを運営するファルボが昨年10月に発表した会員向けアンケートでは、中学受験をする小学6年生を持つ家庭が学習塾にかける費用は約120万~140万円。塾通いを小学4年から始めた場合、3年間で約280万円かかるともされている。塾と掛け持ちで家庭教師をつけるなどすれば「課金額」はさらに跳ね上がる。
もちろん中学入学後の進路まで考えた場合、保護者の経済的な負担はさらに大きい。文部科学省の子供の学習費調査によると、私立中学校進学にかかる費用は授業料や学校納付金などだけで年間107万円。一般的には、中学から大学まで私立であれば、塾や予備校などの費用もあわせて1400万~1500万円はかかるとされている。
ファイナンシャルプランナーの氏家祥美氏は教育費について、「中学から高校までの6年間、子供1人あたり100万円ほどの教育費を毎年の収入から出せない場合は無理に受験しない方がいい」と話す。
約500万円と見込まれる大学の学費は0歳から中学生まで支給される児童手当を貯金に回すなどして一部を予め手当てするとしても、中学・高校時代の教育費は毎年の収入から捻出せざるをえない。それができなければ、「中学と高校で貯金を使い果たし、肝心の大学進学にかけるお金がなくなる」(氏家氏)という本末転倒のシナリオもあり得る。
冷めない中学受験熱
一方、高額の費用にもかかわらず、中学受験の浸透はじわじわと進んでいる。文科省の学校基本調査によると、全国の私立・国立中学に通う生徒は2020年段階で約27万人で、全体の8.4%。1980年代前半の3.5%から上昇基調が続く。東京都内に限れば私立・国立中学の生徒は約7万9000人で、全体の26%にのぼる。
同時に大学生の数も増加傾向だ。全国の大学在籍者数は2020年時点で約292万人で、過去最高だった19年とほぼ同水準。このうち4分の3にあたる216万人が私立大学に通う。浮かび上がるのは、大学進学が当たり前となる中、保護者たちが子供をなるべく早い段階から「よい学校」へ行かせようと、中学受験にお金をつぎ込み、高校、大学へと進学させる構図だ。
こうした中、政府は高校無償化の取り組みとして高等学校等就学支援金制度を拡充し、20年4月からは支援金が最高39万6000円に引き上げられた。
ただ、支援金は課税所得が多い世帯は対象外だ。文科省は最高額の支援金が支給される世帯年収の目安として、740万円までという数字を公表。20年度になんらかの支援金を受け取ることができた高校生は全体の約4分の3、最高額支給の高校生は全体の14%だとしている。
高校無償化の所得制限に批判も
こうした所得制限付きの支援には批判的な声も強い。教育費問題に詳しい日本大学文理学部の末冨芳(かおり)教授は政府支援の在り方について、「所得制限は設けるべきではない」と主張。子供の教育を受ける権利は平等で、親の収入で差別が生じるべきではないとし、すべての子供・若者を支援しつつ低中所得者には段階的に手厚くすることが重要だと訴える。
また末冨氏は所得制限が支援を受けられる層と受けられない層の分断につながるとも指摘する。「所得制限の金額に明確な根拠を見出すことは難しい。どの子供・若者も等しく教育費支援を受け取れることがはっきりすれば、少子化対策にもなる」と話す。
子育てが経済的な重荷となり、親のキャリア・資金面でもマイナスとなる現象は「子育て罰(チャイルド・ペナルティ)」と呼ばれる。末冨氏は立命館大学産業社会学部の桜井啓太准教授との共著「子育て罰 『親子に冷たい日本』を変えるには」(光文社新書)の中で、児童手当や高校無償化の所得制限撤廃、待機児童対策、大学無償化の所得制限緩和などのために約1.5兆円の予算を積み増すことで、状況改善の基盤が整うと分析する。
塾通いにもあり得る支援
教育には「学び方」というスキルを身に着け、仲間との交流でネットワークを作る意義がある。塾通いにも家庭での学習環境が整っていない子供が勉強時間を確保する場としての意味合いがあり、学校外学習に使途を限定した「バウチャー」の給付といった支援策も考えられる。
高い教育費は保護者が教育にメリットを見出し、学校や塾にお金を払う現実の現れだ。教育の意義と保護者の期待を踏まえた包括的で安定的な支援策が求められる。
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