31日投開票の衆院選が公示され、各党が政策を競う中、日本の経済格差の実態に注目が集まっている。賃上げに関しては、ほとんど上昇していない職種がある一方、年率6%近いハイペースで上がってきた職種もあるなど、明暗はくっきり。また、共働きの浸透などで子育て中の世帯の収入は増加傾向が続いてきたが、新型コロナウイルス禍の影響でこうした収入をめぐる環境が変わっていると懸念する声も出ている。各党が打ち出す経済政策には生活に余裕がある人も支援対象となる「バラマキ」感も出ているだけに、的を絞った政策の検討が求められている。
「収入は戻っていない」
「2010年の日本航空の経営破綻以降、業界全体で客室乗務員の収入は大きく減った。日航が再建された後も収入は戻っていない」。航空業界関係者は客室乗務員の賃金についてこう明かす。
コロナ禍前の19年に厚生労働省が行った賃金構造基本統計調査から推計される客室乗務員の平均年収は約495万円。2度目の安倍晋三政権が始まった12年の調査と比べても、7年間で1.8%しか増えていない。年率換算なら0.3%増で、ほぼ横ばいだ。
一方、同じ航空業界でも、長らく人手不足が続いたパイロットの平均年収は19年調査での推計で約1694万円。年率5.7%での伸びが続いている計算で、全129業種中トップだ。
業界関係者は賃上げペースの格差について、「パイロットと違って客室乗務員は募集をかければ人が集まる。これも賃金が上がらない要因の一つだ」とみている。
厚労省のデータではパイロット以外にも、機械技術士や船舶技術士といった「技術士」などで年率3%台の賃上げが実現。警備員や保育士も年率2%強の賃上げが進む。これに対して看護師(年率0.4%)、プログラマー(同0.2%)などは伸び悩みが目立つ。
20年の調査は職種の区分が見直され、職種ごとの賃上げの傾向をつかむことは難しくなった。ただ、コロナ禍の影響は職種ごとに大きく異なるとみられ、今後の統計結果に影響が出てくるとみられる。
子育て世帯の収入は増加
一方、賃上げにバラツキが出る中でも、1世帯あたりの所得は増えているというデータもある。厚労省の国民生活基礎調査によると、18歳未満の子供がいる世帯の収入は18年時点で745万円。10年時点から87万円増えた。女性の社会進出に伴って母親の就業率が増えており、子供のいる世帯は働き手を増やすことで収入を確保してきたようだ。
ただ、新型コロナ禍がもたらした経済へのショックは、こうした前向きな動きにもブレーキをかけている可能性がある。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林庸平主任研究員は「コロナ禍は賃金が低い対面型のサービス業に大きな影響を与えた。また、非正規雇用で働く人たちは企業から雇用調整の対象としてみられやすい」と話し、賃金が低い働き手ほどコロナ禍で収入が減りやすいと分析する。子供がいる世帯の年収はコロナ禍までの人手不足のトレンドの中で増えてきたが、直近では減少に転じているおそれがある。
単なるバラマキでは政策の効率が悪化
こうした中、論戦が繰り広げられる衆院選では各党がこぞって経済格差を問題視し、対応策を打ち出している。賃上げに積極的な企業への税制支援や、18歳以下への一律10万円給付、年収1000万円程度の個人までを実質免除とする時限的な所得税減税、大幅な消費税減税などメニューはさまざまだ。
しかし、各党の経済政策については「財源確保を無視したバラマキだ」との批判も根強い。財務省の矢野康治事務次官は話題となった文芸春秋への寄稿で、日本以外の先進国では「経済対策として次の一手を打つ際には、財源をどうするかという議論が必ずなされる」と強調。また経済対策の実施についても、「本当に巨額の経済対策が必要なのか。その経済対策は本当に有効なのか」を吟味する必要があると訴える。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林氏は子供がいる貧困家庭などへの支援の重要性を指摘する一方、昨年実施された「一律10万円給付」のような方法は支援が必要でない人まで給付の対象となり、政策の効率性が落ちると問題視。また通常の減税策にも納税額が多い人ほど恩恵が大きくなりやすいデメリットがあるとする。
こうした状況を踏まえ、小林氏は給付付き税額控除のように、納税額が少ない人でも一定額の減税が受けられる仕組みや、マイナンバーと銀行口座のひもづけで迅速に支援を届ける体制づくりなどに関する検討を提言。「この10年で厳しい状況にある人たちへの支援が必要だという認識は定着した。選挙後に求められるのは単なるバラマキではなく、適切なバラマキだ」と話している。
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