コロナ禍で使える写真激減 卒業アルバム作りで街の写真館にAI導入の動き
季節は秋を迎え、学校や街の写真館で人工知能(AI)を活用する動きが加速しているという。その背景を探ってみると、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、学校の卒業アルバム制作が難航していることに関係があるようだ。AI導入を急がなければならない理由とは-。
マスク姿で特定困難
「今年は本当に行事やイベントが少なく、授業もオンラインが多かった。それも思い出だと割り切ればいいかもしれないが、良い写真が少ない分、卒業アルバムづくりは大変です」
都内の高校に勤める男性教諭はうなだれる。今年度は新型コロナ感染拡大の影響で、緊急事態宣言か蔓延(まんえん)防止等重点措置がほぼ全国どこかの地域で発令されており、国民の行動が大きく制限された。「コロナの影響を約2年間受けた来年の卒業生は特に行動が抑制された」と同情する。
来年の卒業アルバム作りの難しさはこの教諭の言葉に凝縮されているが、中でも特にアルバムの作り手を悩ませているのが写真に写っている生徒の特定だ。日常生活でマスクの着用を徹底化されたことで、生徒が写っている写真はどうしてもマスク姿が多く、生徒の特定が困難になった。
卒業アルバムで採用する写真については、ある特定の生徒が写っているものが多くならないよう、アルバムに登場する生徒の数を平等になるよう選定する配慮が必要になる。「これは本当に気を使うポイント。過去には保護者から『うちの子供が写っている写真が少ない』とクレームがあったとも聞いていますから」と話すのは新潟県の中学校の女性教諭。写真の選定作業は各校や制作を請け負う写真館が行うが、「目視で生徒個人が誰であるかを確認しなければならないので、今年は例年以上に時間がかかる」(同教諭)とため息交じりに話す。
作業時間が半分以下に
そんな課題を解決する技術として注目されているのが、AIによる画像解析技術だ。コロナ禍でマスク姿の人の往来が増えたことに対応できるよう、急速に技術革新が進んだ。最近ではマスクをしたままの画像からでも性別や年齢を推定し、個人を特定できるほどの精度を実現している。
この技術を卒業アルバム作りにも活用しようという動きが、ここに来て広がっている。これまでは富士フイルムなどの大手がアルバム作りでAIを活用したサービスを展開していたが、今では創業間もないベンチャー企業でもAIを手軽に利用できるようになり、ニッチ市場を開拓しようと卒業アルバム作りに生かす動きが出てきたというわけだ。
実際、昨年度から徐々にサービスが広がると、利用した学校からは「制作時間が大幅短縮された」と大きな反響があったという。
千葉県の柏市立手賀西小学校では、例年、6年生の担任が6年分の膨大な写真データの中から候補写真を選別。その写真をプリントアウトしてから卒業アルバム担当の保護者数人が写真を選別する作業を行っていた。顔が大きく写っている生徒を1、顔が少し欠けたり、小さく写ったりしている生徒を0・5とする基準を設け、児童が登場した回数を「正」の字で数えていた。
ただ、「1~2年生時の生徒の顔は成長で変わってきている子もいて迷うこともある。見る人によって選定の基準も変わってしまい、判断が難しい」(担当した東條正興教諭)というのが本音だ。担当の保護者も5回ほど学校に集まり、1回当たり約2時間を選定作業に費やすという。
こうした業務負担を軽減しようと同校は昨年度、写真販売システムを運営する「エグゼック」が提供するサービスを利用した。顔認証AIによって、掲載数の少ない生徒の写真を即座に選定することが可能で、各生徒の登場回数を自動でカウントするほか、先生と写真館、保護者、製本会社で業務を共有できる。
大きなポイントは、マスクやメガネの有無、成長による顔の変化もAIが正確に選別できることだ。東条教諭も「びっくりするぐらい選別の精度は高かった。作業時間も例年の半分以下になったのではないか」と驚く。
多様化する卒アル
AIを使った卒業アルバム作りの効率化は、文部科学省がまとめた全国の小中高校の先進的な取り組み事例集で紹介された。これをきっかけに、利用する学校が全国規模で拡大した。
エグゼックによると、同サービスを利用した写真館は昨年度の100件から、今年度は250件へと2・5倍に急増。街の写真館が同サービスで学校側とアルバム制作作業で連携し、オンラインでアルバムで使う写真の入れ替えやレイアウト変更なども行えるといった高い利便性が“口コミ”で広がったという。
「近年は若い新任の先生が価格を比較し、チェーン展開する大手写真館に卒業アルバム制作を以来する傾向もあり、街の写真館が淘汰(とうた)されるケースも増えつつある」。エグゼックの山中淑史経営企画部長は街の写真館の抱える課題についてこう指摘する。「街の写真館はこれまで培った地元学校との信頼と実績がある。それがコストや効率化という点で差をあけられるならば、それを埋めるサービスを提供することで町の写真館の手助けになりたい」と意気込む。
とはいえ、今後の卒業アルバムの形態はデジタル技術のさらなる進歩で大きく変わる可能性もある。
コンサルティング事業などを展開するMsは、AR(拡張現実)技術を導入した卒業アルバムの提供を始めている。専用アプリを起動してスマートフォンをアルバム内の写真にかざすと、動画をみることができる。コロナ禍で卒業アルバムに載せる写真が少ない中、新たなアプローチでアルバムの付加価値をつけようとする試みだ。
プログラミング教育が必修化され、デジタル技術を履修する機会が増える中、生徒自身がAIを活用して卒業アルバムを制作することも考えられる。卒業生全員に同一の卒業アルバムが配布される通例が変わり、今後は生徒個別のオリジナル卒業アルバムを手に取る日が来るかもしれない。
(経済部 西村利也)