テクノロジー

令和も活躍する「TVアナログ放送」の周波数 4K圧縮技術で音楽ライブ、災害時の配信も

SankeiBiz編集部

 アナログテレビジョン放送の「地デジ化」で使わなくなった周波数帯(VHF帯)を有効活用し、被災地などから鮮明な4K画質の映像を送る取り組みが進められている。かつてのアナログテレビ放送用の周波数帯は山間地でもデータを送りやすいなどの利点がある一方、周波数帯域幅の制限により大量のデータの送信には適しておらず、地方自治体も十分に活用しきれていないのが実態。こうした中、映像データの圧縮技術に強みを持つFree-D(東京)は撮影対象の「動き」の大きさに着目し、画質を落とさずにデータの量を減らす技術を導入した。10月中に静岡県での実験を予定しており、新技術の普及に弾みをつけたい考えだ。

運ぶ“荷物”を少しでも軽く

 「災害用に衛星通信を使ったシステムを備えている自治体は多いですが、運用コストが高くて防災訓練でも使用を控えることがあるそうです。また、写真を送るだけで10分程度かかった事例もあり、国の機関に災害の状況を迅速に伝えるのに向いていない面もあります」

 Free-Dの横内直人社長は災害時通信をめぐる自治体の悩みをこう代弁する。問題解決に向けて重要になるのは、コストを抑えて鮮明な映像を送るシステムの開発だ。

 このシステムが求められる背景には、アナログテレビ放送で使っていた周波数帯の電波伝搬特性がある。

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県で2012年3月31日、延期されていたアナログテレビ放送が最終日を迎え、日本のテレビ放送はUHF(極超短波)帯と呼ばれる470~710MHzの周波数帯を用いるデジタル放送に完全移行した。これによって生じた“空き周波数”のうち、170~202.5MHzのVHF(超短波)帯は現在、公共ブロードバンド無線システムとして公共機関に割り当てられている。

 「公共ブロードバンドが使用する周波数帯には、送信者と受信者の間に障害物があっても回り込んで伝わりやすいという特性があります。山岳で映像や音声を送るのに向いているのです」(総務省の電波部基幹・衛星移動通信課重要無線室)

 山や建物で見通しがきかない場所でも通信できる一方で、公共ブロードバンド無線システムの最大伝送容量は8Mbps程度にとどまるため、4K映像ほどの大きなサイズのデータを運ぶのは困難だ。そのため、運ぶ“荷物”を少しでも軽くする方法が研究されてきた。

 映像を圧縮してデータ量を抑える技術としては、ビットレート(1秒間あたりのデータ量)を下げたり、フレーム(映像のコマ)のサイズを小さくしたりする方法が以前は主流だった。だが、ビットレートを下げれば動きのある映像でブロックノイズが発生しやすくなり、フレームサイズを小さくすると、スマートフォンの小さな画面で見る分には問題なくても、大きなモニターでは映像を引き伸ばす格好になって粗さが目立つ。また、防犯カメラのように一部のフレーム抜いた“コマ送り映像”にするやり方もあるが、重要な場面が抜け落ちてしまう恐れがある。

「動き」に応じてデータ圧縮

 そこでFree-Dが採用したのがモーション(動き)を軸に映像を圧縮する技術だ。デジタル動画は古い映画フィルムのような仕組みだが、すべてのコマ(フレーム)に背景や人物といった「完全な情報」が盛り込まれている必要はない。変化が小さい背景の一部のデータを前後のフレームで使い回しつつ、変化があった部分と合成して全体的なデータ量を小さくすることができる。

 既存の映像圧縮技術は時間を軸にしており、データ量の大きい「完全な情報を持つフレーム」が一定の間隔で並び、その間を圧縮によってデータ量を小さくした「生成されたフレーム」が埋めることになる。しかしFree-Dの独自技術では、映像の動きの大きさにあわせて適切に「生成されたフレーム」を配置し、既存技術以上に「完全な情報を持つフレーム」の数を削減することができる。

 この仕組みについて営業技術部の小野瑠人さんは「極端なことを言えば、同じ風景を映し続ける映像と、1枚の画像との間に大きな意味の違いはないのです」と説明する。結果的に、再生時間やフレーム数が同じ動画を圧縮しても、データ量が大きい「完全な情報を持つフレーム」が少ないFree-Dの動画の方がファイルサイズが小さくなるわけだ。

 昨年8月、Free-Dは公共ブロードバンド無線システムを開発した原田博司京大大学院教授の研究グループと共同で4K映像を広域配信する実験を行ったと発表。既存技術の3分の1から5分の1のデータの転送量で、画質の劣化はほとんどなかったという。同年11月には大分県での音楽ライブを4Kで中継した。4Kで中継する場合は映像圧縮で約3秒のタイムラグが発生するというが、災害後の被災地の様子をリアルタイムで伝えるのには誤差の範囲だ。

 さらに今年8月には総務省から実験試験局の免許を取得し、独自で調査や実験を行えるようになった。南海トラフ巨大地震が危惧される中、今月中には静岡県磐田市にて、福田(ふくで)漁港から7キロメートル先の市役所に映像を送る実験を光コーポレーション(静岡)と協力して行う予定だ。

 自治体などが衛星通信に頼らず“自前”の無線システムで4K映像を送れるようになれば、ランニングコストの軽減だけでなく、国の機関などが被災地の映像を解析して状況判断がしやすくなるというメリットもある。横内社長は「警察や消防などの日常業務においても役立つインフラになりえると考えています。会社一丸となって開発を急ぎます」と意気込む。

 同社の映像圧縮技術と新しい無線伝送システムの融合を、エンターテインメントを含めた幅広い分野で活用したいという。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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