地球温暖化などの影響で不漁続きとなっている北海道・函館のイカ漁。スルメイカの水揚げ量は年々減少の一途をたどっており、10年で約20分の1にまで激減した。地元の人の話によると、今夏はついに「イカ刺し」を取り扱う店はほぼなくなったという。一方、その水産海域に姿を現しているのが温暖な海水を好むブリだ。今や漁獲量はイカを上回り、全国でトップレベルに。函館ではイカに代わる新たな食資源として、ブリの食文化を振興するイベントなどを開催している。流通や加工業も難しい舵(かじ)取りを迫られている。
イカを上回ったブリの漁獲量
イカ刺し、塩辛、イカソーメン-。函館名物「イカ踊り」の一節だ。毎年の夏の恒例行事「函館港まつり」では、市民総出で市内のメインストリートを練り歩く。そんな“ソウルフード”として市民に愛されるイカが今、函館から姿を消しつつあるというのだ。
「今年の夏はイカ刺しを出せる店がなかった」。こう嘆くのは、北海道渡島(おしま)総合振興局産業振興部水産課の漁政係長、榊原滋さん。漁獲量の減少に加え、旬を迎えた夏でも例年のようにスルメイカが獲れず、価格が高騰。地元・函館産のイカは稀少なものとなった。
渡島総合振興局によると、かつて年間5万トンに迫っていた管内のスルメイカの漁獲量は10年余りで激減。令和に入ってからはさらに大きく落ち込み、2020年は2218トン(速報値)と、もはや回復の兆しが見えないのが現状。かつて夜の函館山の展望台から水平線を縁取るように見えた漁火(いさりび)も、今では片手で数えるほど。「もう『イカの町』とはいえない」。地元の人も厳しい現実を見つめている。
漁獲量激減の要因の一つが温暖化による海水温度の上昇だ。榊原さんによると、イカは冷水性の生物で、卵を産む東シナ海の水温上昇が稚魚の成長に大きく影響している可能性があるという。水産海域の変動ではなく、イカそのものが獲れなくなりつつあるというのだ。さらに、イカの回遊経路上で他国の漁船による乱獲の影響も指摘されている。
対照的に、漁獲量が急増しているのがブリだ。2008年に325トンだった漁獲量は上下動を繰り返しながら右肩上がりで推移。最近はついにイカを上回った。昨年は1万トンの“大台”に乗る見通しとなり、漁獲量トップを誇る鳥取県の境港などと並ぶ一大産地となりつつある。
しかし、道民のブリ消費量は全国平均の2分の1程度。地元では食文化としてなじみが薄く、小売りでの流通も少ないため、市場では低価格で取引されているのが現状。市内で水揚げされたものの多くは冷凍して海外輸出、あるいは他県の工場に売られて加工食品となっているという。
地元から「ブリ食文化」の定着を
かつてないイカの不漁にあえぐ函館では、「ブリ食文化」を地元に根付かせようという動きも始まっている。推進するのは市の任意団体「はこだて海の教室実行委員会」。日本財団「海と日本プロジェクト」の一環として、ブリを使ったご当地グルメや新商品の開発が進む。
その第1弾として、昨年開発されたのが「函館ブリたれカツ」だ。ブリ特有の臭みを消すため牛乳に漬け込むなどの処理を施し、食べやすく仕上げたという。学校給食やキッチンカーでの販売、イベントなどを通じてPR活動を展開したところ、「SNSで知っていたので、やっと食べられた」「函館の海でブリがたくさん獲れていることを知る機会になった」といった地元の反応も上々だった。真昆布のペーストなどブリ以外にも地元の食材を取り入れており、若者にも好評を博している。
今月1日から31日まで市内で開催されている「函館ブリフェス」では、この「ブリたれカツ」を使ったハンバーガーのほか、第2弾として「函館ブリ塩ラーメン」も出品。ラーメンの出汁に使われているのは新開発の「ブリ節(ぶし)」だ。市内にブリ節を製造できる工場がないため、世界自然遺産の知床を望む羅臼町に本社を構える企業に製造を依頼。「北海道産」として来年以降の販売に向けて試作中だという。
イカに代わる“名物”としてのブリの可能性について、同会事務局の國分晋吾さん(39)は、「ブリは汎用性が高く、アレンジのポテンシャルが高い。臭みがあるイメージを変え、新たな食文化として広めていきたい」と意気込む。
函館では、ブリの燻製やブリフレークなどの商品開発も進んでいる。とはいえ、地場産業はイカがベースとなっており、ブリに舵を切るのは容易ではない。イカが獲れなくなった今も、海外からイカを輸入して加工業を続けている業者も少なからずいるという。
函館が地元を挙げて「ブリの町」となる日は来るのか。渡島総合振興局の榊原さんは強調する。
「多くの加工業者が急な転換を迫られ、困惑している。それでも、努力しながら(ブリへの転換に)取り組み始めたところだ」
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