まるで「のっぺらぼう」のようなカードである。クレジットカードの番号や有効期限の記載が一切ないのだ。裏面には名前の記載があるだけで、セキュリティコードも載っていない。その名も「ナンバーレスカード」。半年で50万枚以上も発行される人気だというが、カード番号がなくても不便はないのか。そもそもなぜ、こんなカードが生まれたのか。
ネット利用に支障は…
「決済情報を除いたナンバーレスカードは、利用者の安心・安全を追求した結果できました」
こう語るのは、三井住友カードの商品企画開発部部長代理、藤原貫司さん(30)だ。マイナンバーカードに登録したキャッシュレス決済を使えばポイントが還元される政府の「マイナポイント事業」やQRコードなどの新規決済事業者による推進施策(キャンペーン)の影響もあり、キャッシュレス決済の普及が進んでいるが、一方でクレジットカードの利用者からは「不正利用されないか心配」といった声が寄せられていたという。番号の記載がなければ、確かに、他人に盗み見られる心配はない。
ただ気になるのは、カード番号が記載されていないことによるデメリットだ。インターネットショッピングのカード決済では、カード番号や有効期限、セキュリティコードの入力が必須となる。ナンバーレスなので、いくらカードを見ても番号は分からない。不便ではないかと思ったが、藤原さんは「スマートフォンのアプリですぐに確認できます」と強調する。
専用の「Vpass」アプリをスマホにダウンロードすれば、アプリ上でカード番号を確認できるようになっているのだ。むしろ、決済時に財布の中からカードを取り出して番号や有効期限などを見る必要がなく、スマホ1台で決済が済むので楽かもしれない。実際、「ネット決済でいちいちカードの表裏を確認する必要がなく便利」と利用者にも好評のようだ。
一般的なクレジットカードの番号や名前の文字は、少し浮き出る加工が施されている。「エンボス」と呼ばれる凹凸の刻印で、「インプリンター」という器具で凹凸の刻印を処理伝票に転記するためのものだった。カーボン紙とこの器具でカードの表面の刻印を伝票に写す仕組みなのだが、もしかすると、若い人はあまり馴染みのないものかもしれない。かつては飲食店やタクシーでカード決済すると、このインプリンターを目にすることがあったのだが、インターネット回線や電話回線にもつながっていない“アナログ”な器具だ。
原始的なインプリンターはセキュリティ面などで難があり、次第に姿を消し、クレジットカードも凹凸の刻印を省略した「エンボスレスカード」が主流に。そして、時代はついに「ナンバーレス」へと移っていったというわけだ。
“奥ゆかしい”技術が結集
見た目の印象から「のっぺらぼう」と表現してしまったが、よく見ると随所に意匠が凝らされたカードである。ブランド名を示す「Visa」のロゴはホログラムになっている。高級感の演出も多少はあるだろうが、目的は偽造防止のため。裏面も特徴的だ。通常は黒色の「ある」部分がカードの券面に合った色になっている。磁気情報の入った「磁気ストライプ」(テープ)だ。
特筆すべきはナンバーレスのゴールドカードで、デザイン性を損なわないように、磁気ストライプもゴールドになっている。色の変更には高度な印刷技術が必要で、大変な作業だったというが、言われなければ気付かないかもしれない。なかなか奥ゆかしい。
新型コロナウイルス禍により「非接触」への需要が高まり、キャッシュレス決済が一気に浸透した。感染対策はもちろん、経済の効率化といったメリットも大きい。
藤原さんは「これまでは大きな買い物や海外旅行など非日常の場面でクレジットカードは使われていましたが、近年はコンビニエンスストアやスーパー、ファストフード店など日常の買い物で使われるようになりました。便利になればなるほど不正利用のリスク、不安も広がっていくため、当社は今後も消費者が安心してキャッシュレス生活を過ごせるよう努めていきたい」と話す。
クレジット業界では、カードがどの店でスキミング被害にあったかを特定し、同じ犯罪に遭った可能性のある顧客に通報する仕組みがあり、検知システムの整備も進んでいる。ナンバーレスカードはまさに、安心・安全なキャッシュレス環境の構築を進めていくうえで登場したカードといえそうだ。