Bizプレミアム

次代のゲーム開発へつなぐバトン スクエニが70年分の資料を「SAVE」する理由

SankeiBiz編集部

 「過去の資料を整理することは未来のゲーム開発につながる」。ゲーム大手のスクウェア・エニックスで人工知能(AI)を研究し「ゲームAI」の第一人者として知られる三宅陽一郎さんらが、ゲーム開発者会議「CEDEC2021」で過去の資料をデータ化するなどして管理する新プロジェクト「SAVE」について、仕事の足跡を残す重要性を訴えた。同社は1980年代に設立したスクウェアとエニックスが2003年に合併してできた会社で、「スペースインベーダー」で知られる子会社のタイトーの資料も含めると約70年の歴史がある。それでも「資料を資産に」をスローガンに取り組むことで、開発者以外の職種にも良い影響が期待できるという。

「3分の1」の哲学

 「開発の承認をもらう“最終手段”として、実際にゲームが始まってからプレイヤーが行う一連の流れを絵コンテにして、上司の部屋で壁の四方にならべて説明しました。プレイヤーはこの場面でボタンを押して、こんな気持ちになるんです、というように」

 24日、三宅さんとともにオンライン講演をした同社のプロデューサー、藤本広貴さんは旧エニックスでゲームソフト「ワンダープロジェクトJ~機械の少年ピーノ~」(スーパーファミコン、1994年)の企画が決まったときの様子を、開発資料を示しながら懐かしそうに振り返った。藤本さんは現在、スマートフォン向けゲームアプリ「FINAL FANTASY BRAVE EXVIUS」の海外版などを手掛ける“現役”だ。

 当時の藤本さんは、これまでにない新しいゲームを作ることに情熱を傾けていた。年間100本のゲームが出ても前例のない新しいゲームは3本だけ。そして100本中5本がヒットするなら、そのうち1本は新しいゲームだ。それなら97分の4よりも3分の1を狙う方がヒットする確率が高いではないか--。旧エニックスの社長で現スクウェア・エニックスの福嶋康博名誉会長が語ったという言葉が、藤本さんを突き動かしていた。

 最初に企画したゲームは仮想ペットを育てる「コンペット」。約100ページもの企画書を作ったが、社内の反応は芳しくなかった。斬新さは理解されたものの肝心な面白さが伝わらなかったという。

 「画面の中に生き物がいることではなく、コミュニケーションを取れるのが面白いのではないか」。企画を練り直した藤本さんは児童文学「ピノッキオの冒険」に着想を得て、命を持った人形を人間らしく育てる「ジェペットの息子」の企画書を書き上げる。

 133ページにわたる企画書には、主人公の行動パターンが156も盛り込まれていた。本当に作れるのかと聞かれても、体系化してプログラマーに伝えられる根拠があることを明確にするためだった。さらに、ロムカセットの16メガビット(2メガバイト)の容量をどう割り当てるかまで詳細に記した。

 それでも開発の承認が下りず、藤本さんは“最終手段”をとったというわけだ。その情熱と行動力が実ったのだろう、「ジェペットの息子」を基礎にした「ワンダープロジェクトJ」はヒット作となり、発売の2年後には続編も登場している。

倉庫に眠る「宝の山」

 こうした軌跡をたどり、後進の開発者が参考にできるのも、実現しなかった「コンペット」を含めた当時の企画書があってこそだ。三宅さんが資料保存の重要性に気付いたのは2019年の夏だった。

 社内のデジタルライブラリを見ても必要な技術資料が見つからず、倉庫1つ分のアナログ資料を取り寄せた。すると、「ダンボール箱を開けたら開発者にとっての『宝の山』でした。非常に有用な設計資料などがあり、管理しなくてはならないと思いいたりました」(三宅さん)。

 三宅さんたち3人のメンバーの調べで、倉庫に眠っているダンボール箱はグループ全体で1万箱以上にのぼり、そのうち1割強が開発資料だとわかった。また宣伝素材は宣伝部が、書籍は出版部がというように部署ごとに独自に管理しており、「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「キングダムハーツ」などの看板タイトルについてはそれぞれの部署が管理している実状も判明した。

 ダンボール箱の中身をリスト化し、紙の資料をPDFなどのデータにする方針を決めた三宅さんは2020年の春、社長にバンダイナムコスタジオの先行事例を紹介し「SAVE」プロジェクトを正式発足させた。しかし、それからすぐに新型コロナウイルス感染対策で全社的にリモートワークが推奨されるようになってしまう。当然、出社しなければ倉庫の資料をリスト化することなどできない。

 「最も大きかったのは、在宅ワーク推奨によるオフィス縮小の懸念です。(同社が正式にオフィス縮小を決めたわけではないが)個人管理の開発資料が廃棄されるのを食い止めなければなりませんでした」(三宅さん)

 そこで、万が一を想定して社内向けに動画を作り、総務部と連携して資料を譲渡してもらえるよう社内に呼びかけた。早めに手を打ったのが奏功し、デスクのシェアなどでオフィスの在りようが変わっても資料が散逸するのを防げたという。

 三宅さんは「“細く長く”でやっていくつもりだったのに、いきなり“太く”なってしまいました」と苦笑い。これまでの作業で旧エニックスの資料はデータ化とインデックス化が完了したが、まだ膨大な量が残っているという。

人事支援にも

 「過去の資料を整理することは未来のゲーム開発につながる。現在の位置を知ることができるのです」

 資料の保存に力を注ぐ三宅さんには苦い経験があった。2004年に、脳の動きを模倣するニューラルネットワークという技術をゲームに導入したいと提案したが、あっさり“ダメ出し”されたのだ。当時の技術では導入が難しいという、ゲーム開発の現在地を把握できなかったがゆえのつまずきだった。

 以前の仕事をデータ化して新入社員でも閲覧できるような、次の世代に「バトンを渡していく」(三宅さん)環境を構築できれば、こうした事態を防げるというわけだ。さらに、これまでのゲーム開発の流れが、今後を見通す材料になる点についても期待できるという。

 また、三宅さんは在宅ワークが続いて社員同士の人間関係が薄まるなかで、自社の歴史を可視化することが帰属意識を高めて人事支援にも役立つと強調した。時間と労力はかかるものの、過去の資料を大切にすることはゲーム業界以外の企業にとっても参考になりそうだ。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
SankeiBiz編集部員が取材・執筆したコンテンツを提供。通勤途中や自宅で、少しまとまった時間に読めて、少し賢くなれる。そんなコンテンツを目指している。

【Bizプレミアム】はSankeiBiz編集部が独自に取材・執筆したオリジナルコンテンツです。少しまとまった時間に読めて、少し賢くなれる。ビジネスパーソンの公私をサポートできるような内容を目指しています。アーカイブはこちら