「町おこし」といえば地方の話と思うかもしれないが、東京都心周辺でもそれは行われている。かつての倉庫街から、いまや人気のウォーターフロントエリアとなった品川区の天王洲だ。再開発の手が入るもバブル崩壊や東日本大震災など度重なる困難に翻弄され、一時は世間から忘れ去られそうになったこの地。そこから現在の「水辺とアートの街」へと甦らせたのは、外部の力ではなく、地元企業や住民らによる「町おこし」だった。しかし、地域の念願だった大規模水上イベントがようやく軌道に乗ろうとした矢先、今度は新型コロナウイルスに見舞われることに─。
かつては“トレンディ”な街だったが…
東京都品川区の北東部、臨海部に位置する通称「天王洲アイル」。醸造所を併設したブルワリーレストランやカフェ、北欧家具などを扱うショップが立ち並び、家族連れやカップルたちで賑わう人気のエリアだ。港湾地区だったスポットは都心にありながら街の喧騒と一線を画した“離れ島”感があり、広々とした開放的な運河の景色も相まって時の流れがゆったりと感じられる。
倉庫や工場が並び、日に数百台ものトレーラーが往来していたこの地に再開発の手が入ったのは1985年。新宿や池袋を追うように集中的に高層建築の工事が進められ、1990年代前半には高級ブティックや「夜景がきれいなホテル」などが立ち並ぶ、いわゆる“トレンディ”なエリアとして注目された。
しかし、それは瞬間風速の出来事だった。バブル崩壊後の景気悪化で再開発は中止に追い込まれた。片や倉庫業に戻ることも許されない状況で街は宙に浮いた状態に。レストランやイベントスペースなどに活路を見出すも、品川港南エリアや台場、そして汐留といったウォーターフロントの街が次々と再開発によって台頭し、その傍らで天王洲は影を潜めていった。
そこに2011年の東日本大震災が追い打ちをかけた。ビル一棟を借り上げていた米国の銀行をはじめテナントがオフィスビルから次々と撤退し、現存するスフィアタワー天王洲という高層ビルは文字通り「空っぽ」になった。
目指したのは内側から湧き出る街の魅力
どんどん空洞化が激しくなっていく当時の様子に「このままでは忘れ去られた街になると危機感を感じた」と振り返るのは、「天王洲・キャナルサイド活性化協会」の代表理事を務める三宅康之さん(51)。そこから再開発の手に頼らない、天王洲の地域おこしが始まった。
もともと天王洲の開発スローガンにあった「水辺とアートの街」としての活性化を目指し、運河のある空間を前面に出したロケーションを整備。そして住民を対象とした、いわゆる地域の「お祭り」やアートイベントを地道に手掛けることから始めた。
「いきなり観光客をターゲットにすることは無理。まずは住民やここで働く人たちに天王洲の良さを体感してもらい、良い街だと認識してもらえたら、ひいては観光客にも波及すると考えた」。その狙いは的中。SNSなどによる口コミで、エリアの評判は着実に拡大していった。
「活動開始から5年、企業で取り組めることと街全体で取り組むことのバランスがうまくとれてきた」という三宅さん。この地で倉庫業を営んできた寺田倉庫が、スペースをかつての保管業務からイベントやアートの展示に活用したことを皮切りに、周囲の企業も「自分たちにできるアート」を自発的に展開し始めた。「この街で何ができるのかを各々(おのおの)が考える。それが他の地域にはないアート感を生み出している」という。
コロナ禍に「映像美」で挑む
地域の力が結集し、2019年に実現したのが運河を舞台にした大規模プロジェクションマッピングイベント「キャナルアートモーメント品川」だ。大きな壁面に映像を投影するだけでなく、さまざまなジャンルのパフォーマーがリアルに出演し、ダンスやミュージカルなどを繰り広げる。夜の闇に浮かび上がる幻想的なショーを見に、初開催にして3000人もの観客が訪れた。
東京オリンピック・パラリンピックに向けて東京ベイエリアの水辺開発が注目を集めるなか、2020年12月には都内で唯一の「プロジェクションマッピング活用地域」に指定された。上限面積となる100平方メートルを超える壁面での迫力ある投影が可能になり、さらに投影広告物による事業収益を地域活動費として活用することも認められた。さらに今回は「東京2020」の共催プログラムとして開催する。
イベントへの追い風は吹くも、ときはコロナ下。何らかの形で成果を示すことができなければ、イベントの存続は厳しい。「二度ならず三度までも…」立ちはだかる困難に三宅さんは苦い表情を浮かべるが、心は折れない。もともと二次利用する目的で注力してきた動画技術をオンライン配信へと応用し、2020年夏以降のイベントは全てリアルとオンラインのハイブリッドに体制を整えた。どんな形でも、これまで続けてきたお祭りを絶やしたくなかった。
「キャナルアートモーメント品川2021」は今月28、29日の2日間にわたって開催される。400人に絞った有観客体制も日を追うごとに厳しい情勢となるなか、「ならば」と情熱をオンライン配信に傾ける。「伝え方によっては端末の画面を通してでも見ごたえのあるパフォーマンスが演出できる」と三宅さん。ただ配信するのではなく、ドローンを活用したりカメラの台数を増やしたりと“魅せ方”に工夫を凝らす。
「オンライン配信は全国に届けることができる。少しでも多くの方に動画を観ていただき、視聴者の方が東京に来たときに天王洲に行ってみたいと思ってもらえるイベントにしたい」。天王洲の再生にかける情熱は衰えない。