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たかがインキ、されどインキ…日本が世界に誇る「緑色の塗料」の正体

SankeiBiz編集部

 モノづくり日本のメーカーの中でも、緑色のインキで世界を席巻した企業はほかに例がないだろう。スマートフォンやパソコン、家電などあらゆる電子機器で欠かすことのできないプリント基板(配線板)。その基板に使われるインキで世界トップシェアを誇るのが太陽ホールディングス(東京都豊島区)だ。半導体パッケージ基板の分野では9割以上のシェアを誇る。たかが電子部品の塗料と侮るなかれ。その開発には並々ならぬ苦労と目からウロコの秘密が隠されていた。

PC・ファミコンソフト…「緑色のアレ」の秘密

 網の目のように回路が張り巡らされているプリント基板といえば、たいていは緑色だ。ファミコンのゲームソフト(カセット)も、本体との接続部分は緑色。パソコンのメモリーを増設する際に見たメモリー板も緑色だった。でもなぜ、緑色なのか。

 「それは、プリント基板に傷やゴミがいないか人が最終的なチェックをしていたからです。人間の目にやさしい緑色が広まりました」と明かすのは、太陽ホールディングス 研究本部の研究2課課長、植田千穂さん。疲れ目には「遠くの緑」などといわれるが、先端技術の結晶であるプリント基板にも、そんな配慮があったのだ。

 もっとも、電子部品は年々緻密になり、今や基板の配線はミクロン単位。「塗料ですが、機能材料は電子顕微鏡で見ないと分からない世界です」(植田さん)。とても人が目視で検査できるレベルではなくなっている。それでも緑色が主流なのは、「AOI」と呼ばれる自動光学検査機器も、昔から続く緑色に合わせて設定されているため、今も緑色が使われているだのという。

 そもそも緑色のインキを施すのは、「配線がショートしないように絶縁するため」(植田さん)。絶縁体の役目を果たすインキは「ソルダーレジスト」と呼ばれる。植田さんは「私たちのソルダーレジストがスマートフォンの小型、軽量化に貢献しています」と胸を張る。インキがスマホの進化にも影響するのか。少し大げさのようにも聞こえるが、さにあらず。プリント基板で使われるインキはスマホの進化と大きな関係があった。

 プリント基板になぜインキが使われているのか。少し専門的な話になるが、太陽ホールディングスのインキは、電子部品が取り付けられる前のプリント基板である「プリント配線板」に使われている。プリント配線板の段階では基板は緑色ではない。電気を通す銅の回路パターンが露出した状態では、断線やショートといった電気的なトラブルが生じる恐れがある。

 そのため、ここに絶縁体の役割を果たす緑色の塗料を施すのだ。プリント配線板に感光剤を塗布し、紫外線を照射。照射しない部分を現像することで感光剤感光した部分のみを選択的に絶縁膜とするのだという。理解の及ばない世界の話で実感としてイメージはできないが、緑色の塗料でコーティングされた部分が絶縁体になっていると理解すればいいのかもしれない。

 「一般の塗料と違うのは、絶縁信頼性や耐光性といったさまざまな機能が備わっている点です。組成のバランスが重要です。ちょっと違うだけでも性能が劣ってしまいます」

 ソルダーレジストの「ソルダー」ははんだ付けを指し、「レジスト」は抵抗するという意味。部品をプリント基板に取り付ける際、緑色のインキが不必要な部分にはんだが付着するのを防ぐ役割を果たすのだ。

 誰もが1度は見たことがある「緑色」の正体

 熱やほこり、湿気などに耐え、保護膜として回路パターンの絶縁性を維持するのが緑色の塗料であり、太陽ホールディングスはこのインキの技術で、世界を制した。1953年の創業当時は、印刷用のインキが主力だった。高度経済成長期の70年にプリント基板用の絶縁インキに参入。その6年後には印刷用のインキから撤退するという大英断を下す。ソルダーレジストと呼ばれるプリント配線板用の絶縁インキに特化することにしたのだ。まだコンピューターがそれほど普及していなかった当時、「まさに社運を賭けた挑戦」(同社)だった。

 「プリント配線板というものが立ち上がったばかりの時期に、ソルダーレジストの仕組みや材料のパテント(特許)を広く取ったのが大きかったです。顧客密着型のサポート、フォローで信頼関係を構築することができ、後発の他社が参入しづらかったという状況もありました」

 未知数だったエレクトロニクス産業の可能性と成長に賭けた同社の読みは当たり、ソルダーレジストの分野では、他の追随を許さない技術を確立。さらに、時代のニーズに合わせたソルダーレジストの開発を推進した。原材料となる樹脂から設計する取り組みを行ったという。こうした努力が実り、半導体大手メーカーの認定を獲得。半導体パッケージ基板用のソルダーレジストでは、市場シェアの9割以上を獲得するまでに成長した。

 植田さんは「堅い板に使われるリジット(堅い)のインキと、フレキシブルの配線などで使われるインキは性能が全然違います。折りたたみできるスマートフォンには、配線板も柔らかいフィルム状の曲がる素材が使われています」と説明する。当然、その素材に使われる塗料には、何回折り曲げても割れが生じず、絶縁性を保つことが求められる。

年々上がる要求性能に対応

 電子機器の普及に伴い、顧客から寄せられる要求性能も上がってきた。例えば、車載用基板であれば、屋外の過酷な環境や、高電圧への長時間使用に耐えうる性能が求められる。小型化に伴い、高密度配線が進んだ基板では、従来よりも高い絶縁性能の他に強度や低熱膨張率などの性能も要求されるという。

 性能だけではない。長らく緑色が主流だったソルダーレジストの色にも及ぶ。あるスマホメーカーは「マットな黒の質感でお願いしたい」と要求してきたという。スマホを分解でもしなければ、外からはプリント基板は見えないにもかかわらず、である。

 またここで少し専門的になるが、この黒色のインキの実現には相当な困難が伴ったのだという。通常、黒色は炭素主体の微粒子である「カーボンブラック」を混ぜて再現する。しかし、ソルダーレジストは感光剤。カーボンブラックを使うと、「光をすべて吸収してしまい、ソルダーレジストを硬化させることができない」(植田さん)という問題に直面したのだ。

 世界的に有名なスマホにも使用

 安価に手に入り、耐熱性にも優れたカーボンブラックは使えない。ではどうするか。開発陣は紫外線を吸収しない素材の複数の色を混ぜ、限りなく黒色に近付ける努力とマットの質感の黒色でも光で微細加工できる設計を続けた。約1年の開発期間を経て、ようやく黒色のソルダーレジストが実現。早速、世界的に有名なスマホシリーズに採用された。緑ではなく、黒い基板を見かけたら、「この色の再現には相当な苦労があったらしいよ」と友人に自慢したくなるようなエピソードだ。

 知られざる電子部品の塗料だが、ソルダーレジストの分野で太陽ホールディングスは、ニーズやトレンドの変化を先読みし、たゆまぬ研究を続けてきた。韓国や中国、台湾などで現地法人を設立するなど、生産販売拠点も世界に展開している。植田さんはこう強調する。

 「見えないところですが、私たちの技術が詰まっています。私たちの技術があって電子機器が進化しているのですが、開発者としては、そういったところを広くいろんな人に知ってもらいたいです」

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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