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一般消費者に開かれた豊洲市場 「目利き」された高級食材がネットで人気急増

SankeiBiz編集部

 新型コロナウイルスの感染拡大による3度目の緊急事態宣言で、豊洲市場で廃業を迫られる仲卸業者が相次ぐ一方、新たな販路を開拓する業者がいる。一般の消費者を対象としたネット通販だ。魚の質を見分ける“目利き力”がネット通販上での信頼につながり、飲食店などに出回るはずだった高級食材が家庭で購入されているという。「こんなに売れるとは思わなかった」。仲卸関係者は予想外の反響に驚く。なぜ高級食材はネット通販の消費者に受け入れられるのか。

 「これはもう戦争」

 「飲食店には国からの協力金が出ているが、われわれ仲卸には事実上何の補助もない」。こう憤るのは東京魚市場卸協同組合(東卸)の副理事長を務める山﨑康弘さん。豊洲市場で最大規模の店舗をもち、大手百貨店や飲食店、スーパーマーケットなど1000社近くに鮮魚を納める創業63年の大手仲卸業者「山治」の社長だ。

 政府は、飲食店と取引のある事業者を対象に、中小企業には最大40万円、個人事業主には最大20万円の一時金を支給するとした。ただ、1都3県の飲食店と取引があることや、今年1月か2月の売り上げが前年比で50%以上減少していることなどを給付の条件とした。

 山崎さんは「仲卸業者は売り上げが5割以上減少した時点で倒産する。条件の根拠が分からない」と指摘。「補償がないならせめて家賃の支払いを止めてくれといってもそれすら応じてもらえない。もう何軒もの仲卸が廃業に追い込まれており、店名は変わらないがオーナーが変わっている店もある。われわれがいるから安全安心な魚の安定供給が維持されている。国はその必要性を分かってほしい」と訴える。

 豊洲市場の市場統計情報によると、2020年1年間の水産物全体の取扱量は過去最少の約33万トン。売り上げにして約3586億円と前年比約10%の落ち込みだが、種類別に見ると、鮮魚などが10%弱の落ち込みであるのに対して活魚類の売り上げは33%減とさらに深刻だ。そこに追い打ちをかけるような3度目の緊急事態宣言。飲食業への販路はさらに閉ざされる。「これはもう戦争。コロナウイルスが滅ぶのが先か、われわれが滅ぶのが先かだ」と山崎社長も疲れの色を隠せない。

行き場を失った高級食材が家庭に

 こうした豊洲市場の情勢に?風穴”を開けているのがネット通販だ。

 豊洲市場に入荷する海産物や果物を取り扱う通販サイト「豊洲市場(いちば)ドットコム」を運営する食文化(中央区)は今回の緊急事態宣言発令後、ゴールデンウィークの巣ごもり需要を見込んで連休前に社員総出で準備に駆け回っていた。「これまでの緊急事態宣言で大量の水産物が消費されず、行き場を失っていた。生産者や仲卸の人たちがあきらめてしまわないよう、今回は可能な限り販売につなげるための段取りをした」という同社の萩原章史社長。その甲斐もあって出だしは好調だ。

 ゴールデンウィークが始まって以降、サイトへのアクセス数は平常時の2倍で推移しており、中でもフードロス関連や即出荷できるラインナップを集めたコーナーが注目を集めているという。

 コロナ禍での産地支援の機運も重なり、納品先に困っていたマグロブロックをはじめ、250グラム入ったプロ仕様の「箱ウニ」が売れたり、サケの中でも高級品として知られる「時鮭」なども一匹まるごと売れているという。萩原社長は「高額商品がここまで伸びるとは当初想定していなかったが、結果的に市場の新鮮な魚を入手できる喜びも消費者に体感いただけていると思う」との見方を示す。

 同社は2004年に「築地市場ドットコム」として運営をスタート(18年10月の豊洲移転に伴いサイト名を変更)。競りに参加できる「買参人」の資格を取得し、ネット通販事業をいち早く展開してきたサイトで、その会員数は21年4月現在で35万人に及ぶ。スーパーなど一般の店頭には並ばない希少種や高級食材を取り扱うラインナップが特徴。サイトのユーザーは料理を趣味とする男性が多く、活きアワビや伊勢海老といった高級な食材が購入される素地がもともとあった。そこに高級料理店で取り扱われなくなった食材も納品されるようになったことで、外出自粛が求められる休日の食卓を“ご馳走”で彩りたいニーズと合致した。

 山治でも目利きを売りにしたウニなどを同サイトに出品しており、ネット通販での売り上げがコロナ前の2019年と比較して6割も増加した。「失礼な言い方だがこんなに注文が来るとは思わなかった」という山崎社長。「例えばウニはスーパーで480円でしか売れないと思っていたが、4800円でも5800円でもおいしければ買ってくれる。価値を分かって買う人がこんなにいるという、その気付きを得たことは大きい」。萩原社長によるとウニは高額商品の中でもとくに売れ筋の商品で、「仲卸が選りすぐっているという信頼は強い」という。

消費者のニーズにつなげるアイデア

 「築地市場ドットコム」で今年2月に始めたユニークなサービス「豊洲きょう着く便」も消費者の注目を集めている。早朝競りにかけられた鮮魚を当日中に届けるサービスで、徐々に対象エリアを拡大し、5月現在は東京23区全体を網羅している。飲食店向けの配達需要がコロナによって半減したところを家庭向けに切り替えた。

 自社便に切り替え、家庭の夕食時間を見据えた調理時間に合わせるように配達時間を工夫したことで需要も増加。1日あたり平均30~40件の注文が寄せられ、ゴールデンウィーク中には100件に達した日もあるという。萩原社長によると、同サービスの利用者からの満足度は非常に高く、今後はニーズに答えて刺盛りや場外市場の惣菜などラインナップも強化していく考えだという。 

 「自社のホームページに『通販をやります』と掲載したところで1日1件の注文があるかないか。ネット通販事業者は僕らができない『BtoC』の最終消費者のハートを分かっていて商売の緩衝材になってくれている」

 山崎社長はこう話す。ネット通販事業に参入する仲卸は徐々に増加しつつあり、豊洲市場ドットコムだけでも現在8店舗が出店。目利き力を強みに売り上げを伸ばしている。

 仲卸としての葛藤も

 ただ、一方で仲卸としての葛藤もあるという。「仲卸の信頼を背負ってネット通販の世界に出ることの難しさがある」(山崎社長)というのだ。

 「変なものを売らないという仲卸としての意地は人一倍あるし、それに対する消費者からの期待も感じる。話ができる『BtoB』の商売と違って、一度良くない商品を扱ってしまったら次はない。仲卸にとって通販はそれくらい気を遣う商売。同じエネルギーを使うなら、本来の商売相手である飲食店の板前さんやスーパーのバイヤーさんに注力したい」

 山崎社長は本音を漏らしつつ、生き残りをかけて、こう続けた。

 「ただ、このコロナで店をつぶすわけにはいかないし、商売できる場があれば何でもやろうと思っている」

 豊洲への移転、そしてコロナ禍。出口の見えない戦いは続く。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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