東芝、不正会計の教訓生きる 危機拡大防いだ取締役会議長・永山氏
東芝の車谷暢昭社長が14日に辞任した。「物言う株主」と対立し、社内でも不信任の声が強まる中、突然、古巣の投資ファンドが東芝に買収提案。自己保身のために買収を画策したと疑われ、辞任に追い込まれた。今回の辞任劇は、経営の私物化を寸前に食い止め、コーポレートガバナンス(企業統治)が機能したともいえる。その重要な役割を果たしたのが取締役会議長の永山治氏(指名委員会委員長)で、混迷する東芝のキーマンとみられている。
解任動議ちらつかせ
「本人から辞任の申し出があった。東芝にもたらした知見に敬意を表したい」
車谷氏不在で異様な雰囲気が漂う中、永山氏は14日の社長交代会見で、こう淡々と語った。
しかし、その裏では進退をめぐり、経営陣の間で激しい攻防が繰り広げられていた。車谷氏は物言う株主との対立を深め、今年の定時株主総会での再選が危うくなっていた。東芝は社内で社長の信任調査を行っており、車谷氏について、上級管理職の過半数が「不信任」と回答していた。
東芝関係者によると、永山氏は6日に車谷氏と面談し、指名委員会で、進退について議論する旨を伝えていたという。
ところがその翌日、車谷氏がかつて日本法人の会長を務めていた英投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズが東芝に対して、突然、買収提案を行った。CVCはマネジメント体制の維持や、物言う株主を排除できるTOB(株式公開買い付け)による株式の非公開化を提案した。
提案内容は車谷氏にとって好都合とみられ、社内では同氏が保身のために古巣を利用して買収を仕掛けたと見る向きが広がった。たちまち経営は大混乱に陥り、これを収束するため永山氏は車谷氏に対し、解任動議の提出をちらつかせ、最終的には14日の臨時取締役会で辞任を申し出させる形に収めた。
投資ファンドの関係者は「不正会計で改善したコーポレートガバナンスが奏功した。永山氏の対応が経営危機の拡大を防いだ」と評価する。
東芝は6年前の不正会計を受けて、取締役会が経営執行を監視する体制を強化した。
取締役会は社外取締役を過半数以上とした。指名・監査・報酬委員会のメンバーは、全て社外取締役に変更。上級管理職による社長の信任調査も導入した。コーポレートガバナンスの改善策が車谷氏による経営の私物化を食い止めたとの見方もできる。
中外製薬時代の実績
今回の混乱を抑えたのは永山氏の手腕が大きい。永山氏は日本長期信用銀行出身で、1978年に中外製薬に入社。昨年、会長を退任するまで、25年以上にわたって、同社の経営を牽引(けんいん)してきた。
2002年には当時の経営環境を踏まえスイスの大手製薬会社、ロシュの傘下に入ることを決断した。今では買収されたというイメージを払拭し、中外製薬は自主経営を維持していることから、社内外で高く評価されている。
東芝は原子力など安全保障に関わる技術を保有しており、海外企業の買収は外国人投資家による出資を制限する外為法の手続きが必要となり、ハードルが高い。だが、中外製薬時代に海外企業と手を組んだ実績を持つ永山氏の東芝での存在感が増しており、動向が注目される。
13~19年まではソニーの取締役会議長も務め、構造改革を断行。復活を遂げたソニーの経営を見守ってきた。ソニー経営陣に対し、物言う株主の米投資ファンド、サード・ポイントへの対応を助言してきたとされる。
東芝の取締役会議長に就任したのは、こうした実績を買われたからだ。しかも、東芝は安全保障に関わる技術を扱うため、政府や経済産業省との調整が必要となる。東芝の取締役会議長は後見人として調整役を担うととされている。そのため、永山氏の言動が経営で重要な意味を持つ。
14日の記者会見でも、そうした場面があった。CVCの初期提案について、永山氏は消極的な姿勢を見せた。そこから政府の意向が透けてみえた。関係者によると、永山氏は買収に反対しており、東芝はメインバンクに上場維持の意向を伝えている。
CVC以外の欧米の投資ファンドも東芝の買収を検討しているが、当面は上場を維持し、独立を望んでいるようだ。
復帰した綱川智社長は14日の記者会見で現状の課題について、「信頼関係の構築がキーワード」と述べた。経営陣は、まず事態を沈静化させ、株主や従業員、顧客の不安を解消し、事業に専念する環境を作りたいはずだ。
物言う株主や買収提案への丁寧な対応、成長戦略の実行など課題が山積する東芝だが、次の定時株主総会で、企業価値向上策を示す必要がある。永山氏の知見が生かされる場面は多いとみられ、目が離せない存在であることは間違いない。(黄金崎元)
■不正会計発覚を受け東芝が導入したコーポレートガバナンス改善策
・経営の監視を強化するため、取締役会はトップを除いて、全て社外取締役に
・社外取締役は経営者、会計・法律専門家、その他の有識者を選任
・取締役会の議事進行を会長から社外取締役の議長に変更
・社外取締役と執行役が経営課題を議論する取締役評議会を設置
・社内取締役が入っていた指名・監査・報酬委員会は、全て社外取締役で構成
・指名委員会は、経営に精通した社外取締役、監査委員長を含めた5人程度で構成
・上級管理職による社長の信任調査を導入し、指名委員会は調査結果を選定の参考に