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STOで変わる流通市場 セキュリティトークン・オファリングとは何なのか

SankeiBiz編集部

 今年5月の改正金融商品取引法(金商法)施行を契機に、「セキュリティトークン・オファリング」(STO)に対する関心が高まっている。STOとは、ブロックチェーン技術に代表される分散型台帳技術を活用し、トークン化された有価証券である「セキュリティトークン」を発行して資金調達を行う仕組みだ。「仮想通貨」と呼ばれた暗号資産の多くは明確な発行者や管理者がいないのに対し、セキュリティトークンは発行者による証券規制の中で発行されるため、より投資家の保護に資するとされる。分散型台帳技術で管理されることから24時間取引が可能になるほか、社債や不動産などの投資単位の小口化や金融商品の多様化によって投資家層の裾野が広がると期待されるセキュリティトークン。その現状と今後の展望をレポートした。

一般社団法人日本STO協会の小柳雅彦事務局長(左)と会員・総務部の山下康行部長(中)、自主規制企画・業務部のシニアマネージャーを務める山下貴行弁護士(右)
STOによって将来期待される効果(日本STO協会の資料より)

STOのメリットと可能性

 「STOで期待されている効果として、情報の透明性、利便性、効率性の向上が挙げられます」

 こう解説するのは、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の山下貴行弁護士。投資家保護を目的に設立された一般社団法人日本STO協会では、自主規制企画・業務部のシニアマネージャーも務め、現在も同協会に対してアドバイスを行っている。山下弁護士は「セキュリティトークンの技術を用いることで、投資家による取引可能時間が拡大する可能性があります。将来的には、証券取引所が開いていなくても、24時間どこでも取引ができるようなセカンダリー市場(流通市場)が実現するかもしれません」と語る。

 セキュリティトークンは分散型台帳技術により改竄(かいざん)も難しいという利点も持つ。「これまでは、有価証券を主に証券保管振替機構が中央集権的に管理してきましたが、セキュリティトークンを用いることで、分散型台帳の参加者全員で管理することができます。そのため、記録の改竄が難しい仕組みも可能になります。また、ブロックチェーン上でいつでも最新の情報が閲覧可能であるため、情報の透明性が向上します。さらに、投資家の管理がこれまでよりも容易になるため、投資単位の小口化や業務の効率化にもつながります」(山下弁護士)。

 有価証券の注文照合や期中管理などの業務をスマートコントラクトによって自動化することで、処理時間やコストの削減や投資単位が小口化され、中小規模の資金調達にも活用できる。さらに、発行体が投資家情報を把握しやすくなるため、各投資家に向けて地元企業の商品や地場産品などが購入できるポイントを利息代わりに付与するなど多様な金融商品が設計できるメリットもある。STOによって投資家層の裾野が大きく広がりそうだ。

STOとICOの違い

 改正金商法の施行後、耳にする機会が増えているセキュリティトークンは、株券や社債券などの有価証券に表示される権利をトークン化したものだ。セキュリティトークンを投資家に販売、勧誘することを公募、私募問わず一般的にSTOと呼んでいる。

 セキュリティトークンという言葉自体は、日本では法令上明確に定義されたものではないが、改正金商法ではセキュリティトークンの形式で発行する信託受益権や集団投資スキーム持分など、いわゆる金商法上「第二項有価証券」と呼ばれてきた権利が規制対象とされている。なお、株式や社債など金商法上「第一項有価証券」と呼ばれるものは、内閣府令でトークン化された有価証券の規制が追加された。

 信託受益権や集団投資スキーム持分などの権利のうち、電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値に表示されるものが、金商法上、新たに「電子記録移転権利」と定義された。この「電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値」という部分が、主に分散型台帳技術を用いたトークンと考えられている。

 電子記録移転権利は、トークン化により流通性が高くなり投資家を保護する必要性が高まるという理由から、株式や社債などの伝統的な有価証券と同じく第一項有価証券として取り扱うこととされ、厳格な規制が適用されることになった。

 2010年代前半から、ブロックチェーン技術を活用した資金調達方法「イニシャル・コイン・オファリング」(ICO)が注目されていたが、STOがICOと大きく異なる点は、金商法上の規制を遵守する形で行われる点だ。

 山下弁護士は「ICOもSTOもトークンを用いた資金調達手法という点では同じですが、不透明なトークンを扱っていたICOとは異なり、STOで扱うトークンは有価証券をトークン化している点で大きく異なります。またICOでは、明確な定義や規制がなかったために、詐欺的な事案や事業計画が杜撰(ずさん)な事案も多く、利用者保護が不十分でしたが、STOでは、金商法上の規制に服することから、より投資家の保護を図る仕組みができています」と強調する。

STO普及への課題は…

 セキュリティトークン分野の健全な発展、投資家の保護を目的に2019年10月、日本STO協会が設立され、今年4月には金融庁から「認定金融商品取引業協会」の認定を受けた。同協会は、金融商品取引業者や登録金融機関が行う電子記録移転権利取引の自主規制機関として、自主規制規則の制定やガイドラインの策定など自主規制業務を行っている。

 同協会の小柳雅彦事務局長は「自主規制業務に加えて、セキュリティトークンの取引促進や流通のためのさまざまな課題に取り組んでいます。電子記録移転権利の譲渡については、取引をデジタルで完結させるために法律面での課題があります。税制面でも、既存の第一項有価証券と同様に申告分離課税、損益通算・繰越控除を適用し、特定口座での取り扱いが投資家にとって必要不可欠です」との見解を示す。

 セキュリティトークンは金商法上、株式や社債のような第一項有価証券をトークン化したものと、電子記録移転権利の2つに大別される。後者は、信託受益権や集団投資スキーム持分など第二項有価証券に位置付けられていたもののうち、トークン化された権利をいい、今回の金商法改正で第一項有価証券の同等の規制の対象となった。

 小柳事務局長は「既存の証券会社が電子記録移転権利を取り扱うためには、金融商品取引業の変更登録が必要になります。また、セキュリティトークンを発行するためのプラットフォームが重要になってきます。協会としては、電子記録移転権利の取引安全のために、そのモニタリング、監査に注力していきます」と話す。セキュリティトークンを発行するためのプラットフォームにかかるリスクのモニタリングも協会の重要な役割だ。

 また、電子記録移転権利から除外され、従来の第二項有価証券と同じ扱いのままとなるケースもある。それは、トークン化された信託受益権や集団投資スキーム持分などのうち、内閣府令で定める除外要件に該当するケースである。日本STO協会設立の背景について、山下弁護士は「金商法上の区分が変わり、第一項有価証券扱いの電子記録移転権利と第二項有価証券扱いの電子記録移転権利から除かれるものができたため、自主規制の範囲として第一項有価証券と第二項有価証券の両方を横断的にカバーする協会が必要だったということも、その設立背景にあります」と説明する。

 同協会では今後、会員や関係者と緊密に連携し、セキュリティトークンの発行、流通を促すための必要な調査・検討を行い、取組みを進めるとともに、国内外のSTO関連情報の共有、研修・セミナーを実施していくとしている。

 米国ではすでに証券取引委員会(SEC)への登録免除規定を適用したSTOが行われているが、日本では金商法上、電子記録移転権利を定義し、従来の第一項有価証券と同様の規制が適用されている。同協会会員・総務部の山下康行部長は「アメリカは従来の証券法規制の中でSTOを実施しているが、日本は金融商品取引法を改正し、新たに電子記録移転権利を定義し第一項有価証券と整理することで、その規制関係を明確にしています」と話す。

 セキュリティトークンの活発な発行を促すためにも、セキュリティトークンの流通市場ができれば、金融証券業界は加速度的に変化するとみられている。ただ、セキュリティトークンの定着、普及にはまだ解決すべき問題も少なくない。

 山下弁護士は「電子記録移転権利がより活発に取引されるためには、取引の迅速性、安定性を確保しなければなりません。電子記録移転権利の流通市場を作るまでには、譲渡における法律面、税制面での課題を一つずつ解決していく必要があります。また、多くの個人投資家が電子記録移転権利を含めたセキュリティトークンを十分に認知しているとはいえないため、認知度を高めていくことも流通市場を作る上では必要になります」と指摘している。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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