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名古屋めしの名店は人気でも「地元から出ない」 共通点は“売り上げ構造”

 名古屋めしビジネスの強さを探る短期集中連載、第1回ではみそかつの「矢場とん」、手羽先の「世界の山ちゃん」、喫茶店の「コメダ珈琲店」を取り上げた。これら全国展開に積極的な名古屋めし企業がある一方で、地元密着を貫く企業もある。

 職人の技術&場所の価値を守るひつまぶし「あつた蓬莱軒」

 うなぎのひつまぶしの「あつた蓬莱軒」は、数ある名古屋めし企業の中でもブランド力はトップクラス。明治創業の老舗料亭であり、庶民派グルメが多い名古屋めしの中では数少ないハレの日に使えるごちそうグルメという点でも希少価値は高い。熱田神宮のおひざもとに本店、神宮店の2店舗、松坂屋本店内に1店舗の合わせて3店舗体制で、休日ともなると各店ともに1日およそ1000人ものお客を集める。

 同店でも、2005年の愛知万博が観光客が増える大きなきっかけになったという。

 「個人の観光客が目に見えて増えたのは万博の頃から。さらに5、6年前からは外国人の方も増え、夜は2割ほどが外国人観光客の方だと思われます」と女将の鈴木詔子さん。もともと地元では有名店だったが、他の地方のお客の間でも知名度が高まったのは「名古屋めし」というキーワードの効果もあったという。「『名古屋めし』の中にひつまぶしも入っていますから、それでうちのことを知って来て下さる方が多いのでしょう」(鈴木さん)

 この人気を当て込んで東京などから出店の引き合いはかねてより少なくない。だが、名古屋以外には出店しないというのが同社の方針。理由は人材、料理のクオリティー、そして何よりロケーションのプライオリティの高さを自覚しているからだ。

 「うなぎ料理は焼くだけと思われがちですが、材料の見分け方から串打ち、焼きまで非常に難しい。職人を一人前に育てるのにも時間がかかるし、手を広げると目が行き届かなくなる。それと同時に、“熱田さん”(熱田神宮)のすぐそばで商売させていただいていることを感謝し、この価値を守っていくことが大事だと考えています」と鈴木さんは話す。

 同社は、かつては熱田神宮の境内に店舗を構えていたほど“熱田さん”ゆかりの店として地元では認知されている。伊勢神宮に次ぐ社格を誇る熱田神宮あってのあつた蓬莱軒。その認識は女将同様にお客にも浸透している。「東京からのお客さまも『名物はその土地で食べてこそ価値がある』『ここへわざわざ来るからいいんだ』とおっしゃってくれる方が多いんです」(鈴木さん)。その言葉が、同社のブランディングを端的に表していると言えるだろう。

 手打ち麺にこだわり自社生産 みそ煮込みうどん「山本屋本店」

 内外の知名度や浸透度では、みそ煮込みうどん専門店「山本屋本店」も負けてはいない。同社も、商品のクオリティーを守ることを理由に、地元中心の店舗展開を図っている。店舗は名古屋市内を中心に14店。この規模のうどん専門店としては珍しく手打ち麺を自社生産している。近年は市内中心部の商業施設での新規出店も目立つが、多店舗化しても手打ち麺を安定して提供できるように、3年前には名古屋市内にセントラルキッチンを新設した。

 「セントラルキッチン、自社物流で毎日何回も打ち立ての麺を運ぶ。出店は鮮度を保てる範囲内の地域に限り、全て地域密着の直営店運営をしています」と同社担当者。

 市内中心部の名駅、栄エリアでは観光客が全体の3~4割。それでも、その他の店舗は地元のリピーターが中心だという。

 「家族の日々の団らんの場として、親子代々のご利用など長く親しんでくれているお客さまが多い。普段使いからごちそうとしての食事、ビジネスの接待、他県からのご友人をアテンドするなど、さまざまなシーンでご活用いただいている。正月・お盆、季節の連休には観光客の他に帰省客のご利用も非常に多い」という幅広い活用のされ方は、まさに地域で愛されている老舗ならではだ。

 出店ペース加速も、手綱引き締める「宮きしめん」

 名古屋めしの中で全国的に最もポピュラーな料理がきしめんだ。なかでも外食シーンの中で伸び盛りなのが「宮きしめん」である(経営は宮商事)。創業は大正12年(1923年)。もともとは土産、ギフト用商品が主力のメーカーだが、先のあつた蓬莱軒同様、熱田神宮の境内に食堂を構えていることで、地元では古くから親しまれている。

 飲食店はこの神宮境内の食堂を含めて現在9店舗。2002年にジャズドリーム長島店(三重県長島町)をオープンしたのを皮切りに中部国際空港(愛知県常滑市)、御在所サービスエリア(三重県四日市市)、土岐プレミアムアウトレット(岐阜県土岐市)、そして名古屋市内のKITTE名古屋、グローバルゲートと大型商業施設への出店が相次ぎ、今では飲食部門の売り上げが全体の7割を占め、物販との売り上げ比率が逆転している。

 このような収益構造の変化は、名古屋めし人気がもたらしたものと言っても過言ではない。

 「『名古屋めし』を目的とする若者や観光客が増え、ラシック(名古屋中心部にある三越系列の商業施設)内の店舗に行列ができるようになった。これがきっかけで他の商業施設からオファーが相次ぎ、飲食店の出店に拍車が掛かった」と、宮商事常務取締役の伊藤嘉英さんは話す。

 若者客の増加に合わせて、商品開発も活発になっている。カルボナーラきしめん、台湾まぜきしめん、冷やし坦々きしめんなど、近年は創作きしめんメニューを積極的に導入。SNS世代の女性や若者らにウケて、情報発信の面で効果を上げている。

 新たな試みにチャレンジする一方、飲食事業に注力する中で痛切に感じているのは基本をおろそかにしないことだという。

 「新規出店した際に、最初に思うように売り上げが上がらないと、つい焦って変化球的メニューを投入したりするのですが、結果的に失敗に終わることが多い。ある店舗では提供スピードを優先してダシを変えたところ、わずかな味の変化に気づいたお客さまが離れてしまった。目先を変えたり効率化を優先したりするのではなく、強みを伸ばすという姿勢が大切だと、いくつもの失敗を経験して学びました」(伊藤さん)

 そして、強みを伸ばすとは、すなわち絶対的なおいしさの追求だ。

 「秋田県湯沢市で2011年から開催されている『全国まるごとうどんエキスポ』で、昨年初めてグランプリに輝き、今年も準グランプリを獲得した。東京などからの出店オファーは以前からあり、5年前はまだ自信がなかったが、今なら“行けるのでは”という手応えがある。ただし、最初は物珍しさである程度の売り上げは見込めるのでしょうが、“おいしいからまた”というリピーターをつかまなければ成功しない。それにはシンプルなきしめんのおいしさで勝負することが何より大事だと考えています」(伊藤さん)

 非観光地だからこそ、地に足を着けた経営

 ひつまぶし、みそ煮込みうどん、きしめんといった伝統的な料理の代表的な店舗が、観光客を中心に新規客を獲得して業績を伸ばしていることからも、名古屋めしビジネス全体の活況ぶりがうかがえる。と同時に、これらのトップブランドが品質のクオリティーを第一に考えて、店舗展開に慎重なところにも、名古屋企業らしい堅実さが表れている。

 名古屋企業や名古屋人のこうした姿勢や気質は「石橋をたたいても渡らない」と評されることも多い。だが、近年トレンドビジネス化の傾向が強く、スクラップ&ビルドを前提とした業態開発や出店が少なくない外食シーンの中にあって、このような地に足を着けた姿勢はむしろ貴重ともいえる。

 各企業のこのような姿勢の背景には、名古屋がもともと観光地ではなかったことがある。近年でこそ、名古屋市が観光地としてのブランド戦略に力を入れ、ここ10年で観光客はおよそ1.5倍にも増えているが(06年3074万人→17年4734万人/名古屋市観光客・宿泊客動向調査)、それでも国内の名だたる都市にはまだまだ及ばない。そんな土地柄にあって、名古屋めし企業の多くが、あくまで地元の消費者をメインターゲットとして手堅い商売を続けてきた。先の3社にしても、観光客が増えたとはいえ、各社とも地元客が7割と依然、地域での支持は根強い。

 地域密着にこだわる理由を山本屋本店はこのように説明する。

 「リージョナルストアの強みを生かして、名古屋に来ないと食べられない付加価値で腰をすえて商品を提供している。地元以外の多くのお客さまにも召し上がっていただきたいが、品質を落とすことなくいいものを提供する、鮮度第一だと考えている」

 名古屋めしを代表する各ジャンルの老舗が、ご当地グルメにふさわしい地元優先の姿勢を打ち出し、何より地域で長く愛されている。これこそが名古屋めしビジネスの地力の強さといえるのではないだろうか。(ITmedia ビジネスオンライン)