【ブランドウォッチング】「トヨタSORA」で未来を体感 五輪の東京走る燃料電池バス
みなさんは毎日の通勤、交通手段には何を使っていますか。地方の方は自家用車の方が多いでしょうか。東京、大阪圏の方はやはり電車・地下鉄の方が圧倒的に多いはずです。そんな中でバス通勤のイメージはどうでしょう? 仕方なく最寄り駅までは利用するけれど、時間も読めない上に混んでいて、乗り心地が悪く、できれば使いたくないというような評価が本音かもしれません。
乗ればわかる乗り心地
私もそんなバス通勤のイメージを持っていた一人ですが、たまたま都バスに導入されている燃料電池バス(FCバス)トヨタ『SORA』に乗り合わせた瞬間にバスの未来を確信するようになりました。
なんと言っても従来型バスの弱点は、ディーゼルエンジンに由来する振動と騒音。ガクガクブルブル、ブオーンとアクセルを踏むたびに盛大に震える乗り心地はお世辞にも快適とは言えませんでした。そのバスの弱点をSORAはほぼ完全に克服しているのです。動力に由来する音や振動はほとんど感じません。タイヤと道路の接触から発生するロードノイズの遮音もかなり徹底しているようで、とにかく車内が静かです。エアコンから吹き出す送風音だけが聞こえる不思議な静謐に包まれています。
もうひとつ特筆すべきは発進トルクのスムーズさです。従来型バス(5~7リットル級ディーゼルエンジン)は本来的にトルクフルで、SORAと比べて仕様上のトルクが同等もしくは凌ぐ車種も多い。しかし、SORAは不思議なぐらいにバス特有の発進のかったるさを感じないのです。満員状態での試乗もしたのですが、むしろその状況でこそ発進のスムーズさ、力強さのベネフィットを感じることができました。車両制御技術のたまものではないかと考えますが、すごい技術という他ありません。
車両価格1億円の超高級車?
SORAの車両価格は1億円ということですから、2000~3000万円が多い路線バス向けの従来型車両と比べてしまうと、とんでもない高級車というべきで、良くて当たり前かもしれません。
しかし、FCバスとして国内で初めて型式認証を取得し、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、東京を中心に100台以上の導入を予定しているトヨタにしてみれば、あくまで燃料電池(FC)モビリティ開発普及のための採算度外視での事業という位置づけに違いありません。少なくとも本格的な普及段階においては、量産効果も含めより現実的な車両価格にすることを計算しているはずです。その点はトヨタの一般向けの燃料電池自動車『MIRAI』とも重なる点で、補助金等行政の推進施策とメーカーの企業努力で、政策的に燃料電池車の普及に向けて取り組んでいる最中ということになるかと思います。
少子高齢化、人口減少社会で脚光を浴びるバスインフラ
あらためて考えてみると、日本人の鉄道信仰というのはすごいものがありますよね。特に大都市圏で鉄道を通勤通学の足として使ってきたエリアでは、すべての日常が駅から駅への移動を前提にされてきました。それもこれも明治以来、毎日大量の人々を正確なダイヤで安全に粛々と移動させてきた日本が誇る鉄道インフラの素晴らしさに他なりません。
ただし、日本も少子高齢化、人口減少が大前提の時代に入り、もはや巨額の投資をして新たな鉄道路線をイケイケどんどんで増やしていくわけにはいかないことは誰の目にも明らかな状況です。実際、各地に長年実現のメドがたたない鉄道新路線の棚ざらしが多く見受けられるようになりました。ここは、やはり発想自体を転換して、バスのように低コストで新設やダイヤの柔軟性が高い公共交通インフラにも目を向けてみる価値があるはずでしょう。快適なバス路線の前提となる道路インフラも各地でずいぶん蓄積がすすみましたし、東京や大阪等大都市圏での慢性的な渋滞も高度成長期やバブル期に比べれば沈静化しており、バスインフラの現実感は増しているようにも見受けられます。
実際に、スマートシティのコンセプトのもとで、BRTなどバスを使った公共交通網の整備にチャレンジする自治体も増えつつあります。
利用者にとっての快適
そんなバスインフラの普及にとって実は最大の障害が、我々生活者のバスへの否定的な評価なのです。確かに先述した乗り心地の悪さや道路混雑での遅延などで、バスはコリゴリという気分も致し方ないところもあるのですが、一方で、バスならではの良いところも沢山あるのではないでしょうか。
バスは地下や高架を走りません。特に最近新設される地下鉄はかなり深い場所にホームがあり、たどり着くまでに一苦労ということも。もちろんエスカレーター、エレベーターも整備されていますが、なかなかしんどい場合があることも事実です。高齢化社会に道路面から高低差なく乗り降りできるバスのメリットが際立つ部分です。そして、停留所の設置容易性により、ドアツードアに近いアクセスのチャンスが増えるのもバスの魅力ではないでしょうか。
晴れた日、SORAの明るい車内で移動していると、きっと誰もがバスも捨てたもんじゃないなと認識を新たにすること間違いありません。
従来型のバスと一線を画すブランディング
さてブランディングの視点で見ると、何よりこのSORAというシンプルにしてわかりやすいネーミングが素晴らしいです。水素を燃料としていることから、「Sky(空)」「Ocean(海)」「River(川)」「Air(空気)」の頭文字を取り、地球の水の循環を表したネーミング『SORA』。燃料電池というパワーソースの環境負荷の少なさを示していることがイメージしやすいですし、SORA=”空”を連想させ、”空”の広い概念が公共交通のための車両としてピッタリきます。
車両のカラーリングは、黒という一般に公共交通にはあまり使わない色を大胆に使うことで、今までのバスとまったく違う乗り物であることを訴求しています。車両デザインもお約束の6面体とは一線を画し、一目でFCバスを印象付けられる特徴的な車両デザイン。パソコンやスマホ関連機器を連想させる先進性の印象もあります。
トヨタとしての、コモディティ化が懸念され国際的競争のし烈化が予想される当たり前の電気自動車の技術ではなく、ならではの燃料電池車両の技術に社運をかける危機感と意欲がまさに伝わってくるブランディングパッケージと言えるかと思います。
誰もが気軽に体験できる未来にいち早く乗ってみよう
2020年オリンピック東京大会での移動手段として、世界にその先進技術をアピールする目的で都営バスに多く導入される予定ですが、すでに都05-2系統(東京駅丸の内南口~東京ビッグサイト)などいくつかの路線で導入されています(ダイヤ等は要確認)。
他にも、この春には京浜急行バスが民間事業者として初めて導入をし、お台場地区での運行が開始されました。
誰もが手頃に体感できる、1億円の未来。東京圏の方はもちろん、東京圏以外の方もオリンピックに先駆け、夏休みの東京旅行の際に試してみる価値は十分にあるように思います。
【プロフィール】秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら
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