高論卓説

高校球児の登板回避に思う 時代画する英断、リーダーに必要な基準

 最速163キロを記録している大船渡高校の佐々木朗希投手が、夏の甲子園岩手大会準決勝で完封勝利。大谷翔平、菊池雄星を輩出した花巻東高校との決勝は全国的に注目された。にもかかわらず、大船渡高校の国保陽平監督は、エースで4番の佐々木を投手としても打者としても決勝で起用せず、大船渡高校は2対12で花巻東に大敗、選手たちの悲願である甲子園出場は夢と散った。

 国保監督は、佐々木投手の登板回避について、「故障を防ぐため」「理由は球数、登板間隔、気温」「3年間の中で一番壊れる可能性が高い」と理由を述べている。

 これに対して、「甲子園に行きたくないのか」とヤジが飛び交い、大船渡高校には「監督は何を考えているのか」「なぜ投げさせなかったのか」と抗議電話が殺到、メディアでも「勝ち度外視」「他の選手の夢を踏みにじる」という論調がはびこり、中には、「壊れても当然。けがをするのはスポーツ選手の宿命」発言も出るなど、国保監督の采配に疑問の声がやまない。

 「実際にけがをしているというわけではないのだから、投げさせればよかったのではないか」「先発させていけるとこまで行けばよかったのではないか」「若いのだからやらせるべきだった」という声が上がる。しかし、けがの可能性を推してさえも投げさせるべきだというのか。「けがをしなかったかもしれないではないか」という声がかえってくるが、けがをしてしまったらもはや手遅れだ。

 大相撲5月場所4日目の取り組みで右ひざを負傷し休場した新大関貴景勝は、3週間の治療が必要と診断されたにもかかわらず、「驚異的な回復をした」ということで、3日休場しただけで再出場。しかし1番とっただけで再休場を余儀なくされ、翌7月場所全休することになった。5月場所の再出場のツケは大きかったと私には思える。

 千賀ノ浦親方は5月場所では、貴景勝の再出場を制止できなかったが、7月場所では出場したいという貴景勝の強い志願に対して、長時間にわたり頑として首を縦にふらず、最終的に全休させた。新大関として一場所たりとも全うせずに大関陥落となったが、正しい判断をした。

 佐々木投手は、4回戦で延長12回194球を投げた後、県高校野球連盟の医療スタッフに右肘内側の違和感を訴えている。準々決勝で登板回避した後、準決勝で完封劇を演じるわけだが、国保監督の頭の中には、もう二度と過度な負荷をかけてはならないという思いがあったに違いない。同じ過ちを二度と繰り返してはならないのだ。

 ビジネスシーンでも同じような局面は山ほどある。「このプロジェクトを乗り切らせなければならない」「顧客依頼に応えるために徹夜させなければならない」時に、健康を損なう可能性を推してもそうしなければならないのか、考えなければならない。

 「大船渡高校35年ぶり甲子園出場という地元の期待に応えられる」「全国のファンが佐々木投手に期待してくれる」「甲子園に出場すればさらに評価される」。こうした周囲からの評価を得たいと思ったのならば、国保監督は、佐々木投手を登板させていただろう。そうしなかった国保監督は、それが甲子園という夢であろうと、何事にも代え難い健康、命を守るという内なる基準に従って英断したのだ。時代を画する英断をする人は、常に内なる基準に従って行動するものだ。

【プロフィル】山口博

 やまぐち・ひろし モチベーションファクター代表取締役、慶大卒。サンパウロ大留学。第一生命保険、PwC、KPMGなどを経て、2017年モチベーションファクターを設立。横浜国立大学非常勤講師。著書に『チームを動かすファシリテーションのドリル』『ビジネススキル急上昇日めくりドリル』(扶桑社)、『99%の人が気づいていないビジネス力アップの基本100』(講談社)。長野県出身。